第2話「目覚め」
「まさかあそこでヒロインが飛び込むなんて思いませんでした!」
「あのままだと火の雨に飲み込まれて跡形も残らなかったよ。」
「ですね。敵のボスはあっさり灰になってましたが……」
蒼のおすすめスポット巡りの途中で三人は映画館に行っていた。
「それにしても羽衣ちゃん。人があんまりいないからって白熱しすぎだよ……」
平日ということもあり、中は殆ど人がいなかった。
羽衣はまだ興奮冷めやらぬ状態で言い返した。
「何言ってるんですか!?トムキンスの咄嗟の前回り受身が炸裂しなかったら今頃ゲーニッヒも海の藻屑と化していたんですよ!!」
「あー、都合良く受身した先に大石と木の板があって、テコの原理のごとくゲーニッヒが大ジャンプしてなんとか崩れた橋を渡りきったもんね……」
「そしてトムキンスがジェンダーの代わりに火の海に飲まれて……!あの時のトムキンスの最後の一言が忘れられません!!」
そこで羽衣は声のトーンを低くして。
「お前が無事に帰れたら、俺の墓はあの一本松の下に作ってくれ……!」
………
……
…
ドカーン!
「トムキンス―――!!」

一拍空けて羽衣が叫んだ。心なしか羽衣の瞳には涙が溢れていた。
話の流れは分かっていたが羽衣が急に叫ぶとは思わなかったので幽羅と蒼は思わず驚いてしまった。
「で、でもトムキンスは噛ませ……」
「幽羅さん、しー!」
今の羽衣にその言葉は禁句と言わんばかりに蒼は幽羅が言葉を言い終えるのを止めた。
「……それにしても羽衣ちゃんがアクション物が好きだったなんて思わなかったよ。」
映画館に入った瞬間の羽衣の食いつき様は二人が少し引いてしまうくらい激しかった。
早く熱が冷めることを祈りつつ二人は羽衣の話に適当な相槌を打ちながら次の目的地に向かうのだった。
夕方になり、幽羅と羽衣が館に帰る時間になった。
「もうこんな時間か〜、今日はありがとう。いろいろと新開拓出来て楽しかったよ〜。」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。またご一緒させてもらえませんか?」
「もちろんだよ。もうあたし達は友達だもんね。」
幽羅が蒼に可愛らしい笑顔を向けた。
羽衣もうんうんと頷いて蒼の方に笑顔を向けている。
「うれしいです。私、友達はあまりいないんで……」
蒼は涙ぐみながら笑顔を返した。
「えー、蒼ちゃん良い子なのに。」
「ふふふ、ありがとう。」
(良い子って……)
人間で言うと幽羅の方が年上なのだが外見とのギャップのせいか思わず心の中で突っ込んでしまう羽衣。
しかし羽衣自身も同じようなものなのであえて口には出さないでいた。
「それじゃあまたね〜。」
「さようなら。」
幽羅と羽衣は蒼に手を振りながら咲耶邸へと帰っていった。
それを見送りながら蒼も手を振り返した。
帰路の途中、蒼は急にうずくまった。
だんだん息も荒くなり思い返すように呟いた。
「……はぁ…はぁ………こんな事、何年も無かったのに………」
なんとか立ち上がり、一歩、一歩。
確実に歩を進める。
しかし蒼の体調は悪くなる一方だった。
ついには気を失ってしまった。
………
……
…
どれ程の時間が経ったであろうか。
蒼が気がつくと周りはすでに真っ暗になっていた。
だが蒼は慌てる様子も無く、先程までの苦しそうな表情すら無くなっていた。
それどころか笑みを浮かべている。
「あの娘、おいしそうだったな………」

そう言って蒼は歩みだした。
ある場所に向かって……。
「今日は新しい友達ができたんだよ。」
夕食の間、幽羅はうれしそうに咲耶と雪乃に語った。
「蒼ちゃんって言って喫茶店でアルバイトしてる娘だったんだけど、いろいろあって一緒に街を周る事になったんだ。」
「ほう。」
こちら側で友達が出来る事は珍しいので咲耶も雪乃も興味深そうに聞いていた。
「髪型が咲耶様にそっくりだったのでちょっと驚きました。」
「……そう珍しい髪型でもなかろう。」
確かに前髪をそろえたロングストレートはよくある髪型だった。
「そうなんだけどぱっと見じゃ見間違えちゃうくらいだったよ。まぁ髪の色は違ったけどね。」
「あ、そういえば……」
羽衣が思い出したように言う。
「瞳の色も金色でしたね。」
「ふむ、それは珍しいな。普通の人間で金色の瞳を持つ者はそうそういないと思うが。」
「そうなんだ〜。」
「雰囲気はどちらかと言うと雪乃さんっぽかったですけどね。」
「あら、そうなんですか?一度会ってみたいですね。」
雪乃が笑顔で答えながら食後の紅茶を皆の席に置いた。
そうしてしばらく蒼について語っている内に夜も遅くなり、続きはまた明日という事で皆はそれぞれの部屋に戻っていった。
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