第1話「出会いは喫茶店」
「ねぇねぇ、羽衣ちゃん。今日はどこに行こうか?」
いつもの様に幽羅の明るい声が咲耶邸に響き渡る。
今日は幽羅も羽衣も非番なので二人でどこかに遊びに行くようだ。
「やれやれ……あまり遠くには行くなよ。それに、まだ事が解決したわけではないのだ。」
「もう、咲耶ちゃんは心配性だな〜。」
咲耶の注意もいつものことなので幽羅は聞き流すように返事をする。
「さぁさぁ、行こう。羽衣ちゃん!」
「あ、はい。咲耶様、雪乃さん行ってきますね。」
「くれぐれも幽羅に振り回されぬようにな。」
「お気をつけて。」
二人は元気良く咲耶邸を後にした。
幽羅と羽衣はエリアスにある喫茶店「月夜亭」で一休みしていた。
この喫茶店は(現実でいう所の)大正の洋食屋のイメージで作られていて看板やメニューは全部右読みになっている。
店員の衣装もその頃の海外の影響を大きく受けたごく一般的なメイド衣装である。
今の時間、大抵の人は働いているので他に客はいなかった。
街道を一通り回ってきて傍らにはその途中で買ったであろう品物の山があった。
「いや〜、買った買った〜♪」
「うぅ〜、こんなに買って咲耶様に怒られないかなぁ……」
「むふふ、気にしない気にしない♪ちゃんと後で咲耶ちゃんが稼いでくれるからさ〜。」
幽羅の言葉に少し呆れ気味の羽衣。
「そう言えばここに来るの初めてだね。なんかメニューが反対に書いていて読みづらい……」
「そうですね。僕はあんまり違和感がないですけど、今時の人だとややこしいかもしれませんね。」
羽衣は今でこそ神族だが元は昔の人間だった。その頃の文字が右読みだったので羽衣的にはむしろこちらの方が馴染みがあった。
「僕はティラミスにしますね。幽羅さんは決まりましたか?」
「うーん、どうしようかなぁ……」
「……大分悩んでるみたいですね。」
「えーい、決まらないときはチョコレートパフェだ!すいませーん。」
幽羅の声を聞き店員がやってくる。もちろんメイド衣装の少女である。
「ティラミスとチョコレートパフェね。」
「はい、ティラミスとチョコレートパフェですね。少々お待ちください。」
メイドは注文を聞き奥へ戻っていく。
「ねぇねぇ羽衣ちゃん。さっきのメイドさん、髪型が咲耶ちゃんにそっくりだと思わない?」
「そうですね。色は青ですけど確かに同じ髪型でしたね。」
幽羅と羽衣はそんなことを話しているとメイドが向かった方向でドサッという音が店内に響き渡った。
二人は何事かと音のした方を振り向いて見た。
そこには今注文をとったメイドが倒れていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
幽羅と羽衣はメイドの方へ駆け寄った。奥にいた店長らしき人もやってきてメイドはとりあえず奥で休ませることになった。
ちょっとしたハプニングに巻き込まれたが二人は注文したスイーツを食べ、店を後にした。
「さっきのメイドさん大丈夫かな?」
「そうですね……大したことがなければいいんですけど……」
二人が話している丁度目の前にさっきのメイドが歩いていた。
服は私服だったがあの髪型は確かにあのメイドだった。
「あ、さっきはすいません。お客様にご迷惑をおかけして……」
メイドさんは素早くお辞儀をした。
「い、いえいえそんな、頭を下げなくても……」
「身体は大丈夫なの?」
幽羅は冷静に彼女に尋ねた。
「はい、ちょっと貧血を起こしただけのようなので……。店長にも今日は家で休むように言われたんです。」
「そうなんだ、大したことなくてよかったね。」
「あの、何かお詫びをしたいのですが……」
「お詫びだなんて、そんな大げさな……」
羽衣が困ったように言うが、彼女は引き下がらなかった。
「それじゃあ私の気が済まないんです。お願いします、お詫びをさせてください!」
「そうだなぁ……それなら、あたし達と何処かに行かない?」
「ちょ、ちょっと待ってください幽羅さん!休むように言われてるのに、連れ回すなんて……」
幽羅を止める羽衣。まだ体調が良くない状態で、連れ回すのは危ないのだろうと判断したのだ。
「あの……駄目、ですか?」
「えぇ〜、駄目なの〜?」
彼女は羽衣に向かって目をうるうると潤ませた。
幽羅も一緒に羽衣にうるうると視線を送っている。

「う……分かりました。でも、体調が悪くなったらすぐに言ってくださいね?」
羽衣は懇願されるのに弱いのであっけなく折れてしまった。
「えへへ、やった〜!あ、そうだ。貴方のお名前は?」
「蒼です。天威蒼と言います。」
彼女は凛とした声で名乗った。
「あたしは神樹幽羅。幽羅って呼んでね。でこっちが……」
「神楽火羽衣です。」
「で、蒼ちゃんのおすすめのお店巡りをしようと思うんだけどどうかな?」
「そんなことならお安い御用です。」
蒼は笑顔で答えた。
「それじゃ、早速行こうよ〜!」
「そうですね。」
意気揚々と歩き出す幽羅と蒼。
そんな二人を見つめて肩を落とす羽衣。
「……うぅ…咲耶様、僕には無理でした……もぅ、大丈夫かなぁ……」
出かけ様の咲耶の言葉を思い出しつつ、とぼとぼと二人の後をついて行くのであった……
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