>「見た目」 「えーっと、確かここに……あっ、あった。よいしょっと……」 前にあの子から貰ったあの服が、クローゼットの奥の方にあった……わ、可愛い。 サイズが同じだって言ってたけど、本当に同じなんだ…… 「着てみようかな……」 せっかく貰ったんだから、やっぱり着てみなきゃ。 これで戦いに行くのは難しいかもしれないけど、普段着る分にはいいかな。 「……なるほど、それで迎撃したわけか。」 「ええ……ですが、その後弓が壊れてしまって、大変だったんですよ。」 昔の話を雪乃とする。まだ我と会う前の話だ。かつて雪乃も一人で戦っていた。 そして放浪している時に我と出合った。今思えば、不思議な偶然なのかもしれない。 「咲耶ちゃん、雪乃ちゃん、見て見て〜!」 「ん?……それは、あの娘の服か。」 と、話している時に幽羅が来た。 以前森に異変が起き、そして解決の為にポウ邸宅を訪れた…… その時に会ったあの吸血鬼の娘から受け取った服を着ている。 思えば体格が似ていた気がしたが……なるほど、確かに大きさは同じだったか。 ……幽羅が大精霊になる前か。まだ最近の事のはずなのに、妙に前の事のように思えるな…… 「あ、着てみたんですね。とてもお似合いですよ、幽羅様。」 「えへへ、ちょっと動きにくい所があるけど、可愛いからいいなぁって。」 「可愛い、か……」 以前であれば、あの様に見た目を気にすると言う事は無かった。 まぁ、元よりそう言う概念が無かったのだが……人として生きるのであれば、多少は必要だ。 「咲耶ちゃんももっと可愛い服とか着ればいいのに〜。」 「……我には似合わんよ。」 「そうかなぁ、似合いそうだけど……ほら、お出かけ用の服とかもっと着ればいいのに〜。」 「……まぁ、気が向いたらな。」 元々戦いに出る事が多く、用も無しに街に出る事は少ない。 幽羅はよく散歩に出かけるが……我はそうでもない。 「よ〜し、ちょっとクローゼットの中とか探してみようっと。」 「……程々にな、幽羅。」 今更の事だが、この館には元から服がそれなりにあった。 大きさが合わないのが殆どだが、中には着られる物もある。 ……とは言っても、詳細まではよく分からない。 ここの元主人はそういうお洒落が好きだったんだろうか? 「お洋服も、大分数が増えてきましたね。」 「そうだな……大体は幽羅が買ってくるのだが。」 「ふふっ、そうですね。でも、確かに咲耶様はあまり他の服を着ませんね。」 「……まぁ、あまり興味は無いからな。」 元々精霊には服装等を気にする概念は無い。人間とは根本の思考も違う。 そう考えると、我と幽羅はある意味異常とも言える。 ……まぁ、その事を他の精霊達は理解しているだけに、何も言われないのだが。 「あら、折角人の体を持っているのにもったいないわね、咲耶。」 「……幽羅、その真似は少し心臓に悪いぞ……ん?その眼鏡はどうしたんだ?」 エアリナの真似をして戻ってきた幽羅は、大精霊としての服に、 アルフォードから大精霊になった祝い品として貰った帽子を被っていた。 更に手には赤い大きなリボンを持っている。そして何故か眼鏡を掛けていた。 「使ってない机の引き出しの中に入ってたんだ。伊達眼鏡みたいだけど。」 「……ただの飾りか。で、そのリボンも見つけたのか?」 「そうだよ〜。これは絶対咲耶ちゃんなら似合うと思う!」 何故か自信があるような言い方をする幽羅。あれを我に着ける気か…… まぁ、たまにはいいかもしれないな…… 「……分かった。それじゃあ、お願いするよ。」 「うん!」 幽羅に任せ、リボンを着けてもらう。これぐらいなら、まぁ気にならないか…… 「これで……はいっ、出来あがり!」 「可愛い……似合ってますよ、咲耶様。」 「そ、そうか?」 「うんうん、鏡で見れば分かるよ〜!」 似合っている……のか。鏡の前に立ってみる。 可愛らしい大きな赤いリボン。なんとなく、少し幼くなったように見える。 ……物一つでここまで印象が変わるのか。 「ね、こういうのもいいでしょ?」 「まぁ……悪くないな。」 流石に戦いに行く時にこれは問題だが、何も無い時はいいかもしれないな。 後で着け方を聞く事にしよう。 「ただいま戻りま……わっ、咲耶様、そのリボンどうしたんですか?」 鏡を見ていた時、羽衣が買い物から帰ってきた。 「おかえり、羽衣。幽羅が見つけてきたんだ。」 「すっごい似合ってますよ!あ、でもそのリボンならあの服……  僕と初めて会った時に着ていた服の方がもっと合うと思いますよ。」 「あ、それいいかも!ね、咲耶ちゃん、あの服に着替えてみようよ!」 ……何だか盛り上がってきたな。まぁ、たまにはこういう日もいいものだ。 「ふふっ、何だか楽しくなってきましたね。」 「そうだな。しかし殺伐とした日々を送るよりいいだろう?」 「ええ、そうですね。」 こんな時ぐらいは、戦いの事を忘れて楽しむのもいいかもしれない。 ……その方が、気が楽だ。 ----- >「近づく寒さ」 「今日は肌寒いな。」 「そうですね……」 換気のために窓を開けると、冷たい風が流れ込んで来た。 夏の暑さは感じられない。この冷たさは、冬を連想させる。 雪乃は何処か寂しげな表情を見せている。 「……大丈夫か?」 「はい……今は、まだ。」 冬に近づくにつれ、雪乃の気配が変わる。これは人の気配ではない。 種族としての雪女の血を引く雪乃は、冬に近づくほどその力が高まる。 ……戦いにおいては、その能力で優位に立つ事が出来る。 だが……血の影響は平時でも現れる。 「不安か?」 「……不安は感じます。ですが、これは仕方の無い事ですから……」 今はまだ秋、その影響は大きな物ではない。だが、これが冬になれば話は別だ。 あの冷酷な雪乃は……あまり、見たく無い。 「仕方ない、か……そうかもしれないがな……」 もし人間であれば、雪女としての部分を抑えようとするだろう。 だが、我は精霊……人とは違う。魔は障害であれば排除するが、そうで無ければ手を出さない。 ……複雑だ。抑えておくべきだと言う我と、そのままにしておけと言う我が居る。 「大丈夫ですよ。今の私は、以前とは違いますから。それに……もしもの時は。」 「……そうだな。」 かつて雪乃と交わした約束。もしも力が抑えきれなくなったその時は、我の手で止めて欲しいと。 「……あ、そう言えば薬が少なくなってきてましたよね?」 「ん?あぁ、確かにかなり数が減っていたな。そろそろ補充するべきだと思うが。」 「それじゃあ、私が買って来ますね。」 「分かった。」 雪乃は鞄と財布を持って、館を出た。 ……ある意味助かった。これ以上、この話はしたくなかったのだ。 「……信じているぞ、雪乃……」 また、冷たい風が吹き込む。この風だけは、秋よりも冬を連想させる物だった。 「風が冷たい……うーん、急に冷えてきたね〜。」 「そうですね……つい最近まで暑かったなぁって思ってたんですけど。」 幽羅さんとエリアスの街を歩いていると、冷たい風が吹いて来た。 街路樹の木の葉も少し黄色くなって、落ち葉も多い。 でも、それ以上に気になるのは……幽羅さんの格好。 いつも着ているあの精霊の服って、考えてみればかなり薄着のはず。 「ところで幽羅さん、その格好で冬とかは寒くないんですか?」 「あたしは大丈夫だよ。あたしの周りの風をちょっと抑えれば寒さ対策もバッチリ!」 「なるほど……」 風を操るとそんな事も……流石は風の精霊って事かな。 今は大精霊になって、出来る事が多くなったって言っていた。 ……その分苦労する事もある、とも言ってたかな。 「でも、流石に限度はあるけどね。その時はちょっと厚着になるよ。」 「そうですよね、その格好のまま冬の……それこそ、雪原なんて行ったら……」 「間違いなく凍え死ぬよ。幾ら大精霊でも体を持ってたら多分無理。」 大精霊であっても、肉体を持っている時は人間と同じ……咲耶様がそう話していた。 下手すれば死ぬとも……咲耶様や幽羅さんは、そんな状況の中戦っている。 冗談混じりで幽羅さんは言っているけど……本当は相当危ないんだろうなぁ…… 「今思えば、相当無理してるかな。今更なんだけどね。  まさか肉体を持ったまま引継ぎをやるなんて思っても無かったし。」 「……大変、ですよね。」 「そうだね……でもね、肉体を持ったままの引継ぎは例外だったとしても……  引継ぐ事そのものは、大精霊として当たり前の事だからさ。そんなに気にしてないよ。」 そう言って微笑む幽羅さんは……本当に大精霊なんだなぁと思う。 元気な笑顔とは違った、やさしい笑顔だった。 「……あ、そうだ!最近また新しい洋服が出たらしいから、見に行こうよ!」 「あのお店ですか?いいですね、行きましょう!」 ……やっぱり、大精霊になってもこういう所は幽羅さんらしい。 ----- >「前兆」 「はぁっ!たぁっ!」 庭で羽衣が槍の感触を確かめている。 あの一件以降、羽衣は戦いの場においては炎に包まれた槍を扱っている。 が、流石にそれは狭い場所や……地面が草に覆われたこの庭では扱いにくい。 そのため、今の羽衣は我と特訓した時に使った、あの飾り気の無い槍を使っている。 「てやぁっ!!」 「……ふむ。」 羽衣の動きは、出合った頃とは比べ物にならない程早くなっている。 槍の扱いに慣れた上、その応用も出来ている。 「ふぅ……どうでした?咲耶様。」 「とてもいい動きをしているよ。その内、我を超えるかもしれないな。」 「そんな、僕なんてまだまだですよ。」 少し顔を赤らめる羽衣。なんだか可愛らしいな…… が、その直後……背筋に寒気が走った。何かが館の周囲に入りこんだか……!? 「っつ!?」 「ど、どうしたんですか!?」 「いや……少し、妙な気配がしてな……」 この気配……何かに似ているが……混濁していて明確には分からない。 そして、少ししてその気配は消えた。一体、何が入ってきた……? 「大丈夫ですか……?」 「ああ……」 入り込んだが、すぐに抜けたか?しかし、一体何がこの館に…… 「すまないが我は部屋に戻るよ。羽衣はどうする?」 「僕はもう少し練習してますね。」 「分かった。あまり張り切り過ぎるなよ?」 「はいっ!」 再び訓練を続ける羽衣を少し眺めた後、部屋に戻った。 度々妙な気配を感じる事はあったが……今までとは違う。 あれほどまでに明確な気配がしたのは初めてだ。 「あの気配は確か……」 あの一瞬の気配をもう一度思い出す。何か、今まで感じた気配の中との接点があるかもしれない。 邪気を含んだ気配……何処かで感じた事のある……だが、決定的な特徴までは掴めない。 「何だったんだ、あれは……」 もう少し、記憶を辿る必要がありそうだ。目を閉じて、今までの事を思い出す。 少しだけでもいい、何か手掛かりが見つかれば…… 「……あ……あれ?」 何だか、体の様子が変……何だろう……さっきまで、何とも無かったのに…… ちょっと休まないと……もしかして、知らない内に力を使ってたのかな…… 「あ、羽衣ちゃん……どうしたの?なんか、顔色悪いよ?」 「ちょっと、疲れちゃって……でも、少し休めば大丈夫ですよ。」 「ん〜……そっか。なら、ゆっくり休んでね。」 肩をぽんぽんと、優しく叩いてくれた。 幽羅さんも心配してるし、もう休もう。何かあったら大変だし…… 僕の部屋に戻るなり、すぐにベッドに倒れた。 「ちょっと休めば……大丈夫……」 すぐに眠気が襲ってくる。やっぱり、疲れてたのかな……? ----- >「過去の幻影」 僕は夢を見ていた。磔にされて、火を付けられて、昔の僕は叫んでいる。 その様子を、今の僕は人の輪の外から眺めている。 ……あれは僕のはずなのに、まるで別人に見えた。 あの時の、怨念に囚われた僕のように…… 「そんな……そんなっ……嫌ぁぁぁぁぁっ!!」 悲鳴が響く。僕は何も出来ずに、そこに立ち尽くしていた。 「はぁ……」 起きてすぐに溜息。まだ僕は、過去を全て受け入れられてないのかもしれない。 全てを否定したくなるような……悪夢になるような過去。 でも、それは僕自身に起こった事。だから、ちゃんと受け止めないといけない。 ……そう、思ってはいるけども。 「……まだ、時間が掛かるかな……」 まだ、すぐには受け入れられないかもしれない。 それでも、何時か必ず全て受け入れないと……あの子の為にも…… リビングで考えをまとめる。あの気配の正体、それに一番近い物は分かった。 ……仮にそうだとしたら……どうやら、まだ完全な決着は付いてなかったか。 だが、だとしても我が干渉出来る範囲は狭い……どうしたものか。 「おはようございます。」 「おはよう羽衣。幽羅から聞いたが……体は大丈夫か?」 「あ……大丈夫ですよ。ちょっと、疲れちゃっただけですから。」 笑顔を見せる羽衣。今の所、体への影響は少ないように見えるが…… 「それならいいが、無理をしていざと言う時に動けなくなるような事にはするな?」 「気を付けます……あ、そう言えば咲耶様、昨日のは結局何だったんですか?」 どうやらその本人は気付いていないようだ。 ……後々、気付くだろうが……さて。 「ああ……妙な気配だったが、どうやら通り過ぎただけだったようだ。  しかし、少々警戒する必要はあるかもしれないな……」 「あの黒い魔物に関係が……?」 「それも有り得る。奴らが互い同士を何処まで認識しているかにもよるが、  一気に攻められればここも危うい。」 「そう、ですね……そうならないように、早く何とかしたいですね。」 「そうだな。」 羽衣の事も気になるが、あの黒い魔物もどうにかしなくてはいけない。 しかしながら、まだあの魔物の根源に至る情報は得られていない。 「……可能であれば、もっと力をこちらに呼ぶのだがな……」 「力、ですか?」 「ああ。精霊界はともかく、神界は今回の件を注目しているようだからな。」 過去の戦争との因果、だろうか。あまり触れたく無いが……な。 「うーん……何だか話を聞いてると、やっぱり咲耶様は大精霊なんだなぁって思います。」 「……そうかな。単に我だけが他世界の事情を知りすぎているだけだろう。」 「え?そうなんですか?」 「……まぁ、その事はその時が来れば話す事もあるだろう。」 今は、ごまかすしかない。立って伸びをする。 長い間、椅子に座って考え事をしていたせいか、体が少し鈍っていた。 「少し外を歩いてくるよ。」 「あ、分かりました。」 ……少し頭を冷やすか。余り考えすぎても詰まるだけだ。 ----- >「街を歩く」 「ここは何時も賑わっているな……」 エリアスの街を歩く。中心にある大通りは、何時も人で賑わっている。 この大陸の中心とも言える街……いや、都市と言うべきか。 第二大陸にも大きな街はあった。だが、こことは雰囲気が少々違っていた。 ……今は、どうなっているだろうか。離れてからそれなりに時間が経っている。 まぁ、大して変わらないとは思うがな……あそこは、そう言う場所だ。 特に考えも無く進んでいると、フリーマーケットと書かれた看板の前に立っていた幽羅を見つけた。 「買い物か?幽羅。」 「あれ、咲耶ちゃん?どうしたの?」 「何、少し散歩にな。」 様々な物がここに集まるせいか、通り以上に人が集まっている。 「そっちは何か探していたのか?」 「あたしはちょっと立ち寄ってみただけ。そろそろ戻ろうかなぁって思ってた。」 「そうか。我はもう少し歩いてみるよ。」 「うん、分かったよ〜。」 幽羅と別れ、再度大通りへ。行き交う人々の中に、時折人以外の気配が混じる。 神族と魔族、どちらも人に紛れて活動している。 案外、世界の構造と言うのは似ているのかもしれないな。 精霊界に関しては全くの別物ではあるが……まぁ、元より精霊はその立場が違う……今更な話だ。 「……役割を果たす、か。」 それに今、我は人間とほぼ同じだ。能力や身体の強さこそ違えど、貫かれたのなら死ぬ。 その中で、今は与えられた役割を果たすだけだ。 あの黒い魔物……その根源を見つけ、探る。あれは本来、神界や魔界でしか存在しないはずだ。 ……だが、エアリナの事もある。運良く生き残った奴がこちらに来たか…… 「油断は出来ないな……全く、面倒な事を押し付ける……」 ……神王め、本当は面倒だから我に押し付けたのではあるまいな…… まぁ、おかげでこの世界を深く知る事が出来た、悪い話では無かったと言う事なんだろう。 また、街並みを歩く。こうしてただ歩くのも、やはりいいものだ。 ----- >「分離する意思」 僕の部屋で、椅子に座って鏡をじっと見つめる。 僕の中で眠っていた、恐ろしく強い怨み。 まだ僕が人間だった頃の、あの記憶。 僕自身がずっと持ちつづけていたもの…… もしもあのまま殺されていたら、もっと悲惨な事になっていた。 それ程の怨みを……僕は、持っていた。 「……僕が、いけなかったのかな……」 もしも、もっと早く気づく事が出来たのなら……こんな事にはならなかったのかもしれない。 気が付いたら、誰かが死んでいた。逃げようとした時、迫害を受けた時。 ……それが重なって、僕は殺されて。 神族として生まれ変わった時に、それが一番ハッキリしたんだと思う。 「僕は……受け入れるだけで、いいのかな……?」 ……何だろう、また、体が重い……何かが、僕の、傍に…… 「……!!」 体が動かない。僕の後ろに何かがいる。でも、鏡には何も映っていない。 でも、僕の事をじっと見つめている。体が震える。 怖い。逃げ出したくなるほど、でも逃げ出せない。 近づいてくる。背筋が凍る。それはもう僕の真後ろにいた。 「っ……う、あぁ……」 僕の背中から、何かが僕の中に入ろうとしている。 目の前が暗くなっていく…… 「ただいま〜!」 「はっ……」 急に、幽羅さんの声が部屋に響いてきた。その声のおかげで、体の自由も戻った。 あの気配もしない。でも、僕の顔は真っ青で……!? 「えっ……な、なんで?戻ってる……!?」 目の色……紫色だったのが、前の青い色に戻っていた。 どうして……もしかして、さっきので……? いや、まず落ちつかなきゃ……落ちついて、考えなきゃ……深く深呼吸をする。 「……大丈夫、僕はもう大丈夫……」 それなりに落ちついた……でも、相変わらず僕の目は青いままだった。 ……紫は、僕とあの時の僕が一つになった時。じゃあ、青なら……また、別々になった? それじゃあ、さっきのは、あの僕が……? 「羽衣、いるか?」 「えっ、あっ、はいっ!」 突然、扉の外から咲耶様の声が聞こえた。 何時の間に帰ってきてたんだろう…… 「どうした、そんな声を出し……羽衣、その目は……やはり、な……」 「あ、あの……?」 「羽衣……少し、時間を貰えるか?」 真剣な表情の咲耶様。もしかして……この事を分かってるのかな……? 「……大丈夫です。」 「……ありがとう。」 扉を閉めて、僕の隣にあったもう一つの椅子に座った。 何だろう……心がざわついているような、そんな気分。 「昨日のあの気配だが……あれは、以前刃を交えた御主の怨念の物に近いものだった。  残留思念がまだ残っていたのか、それ以外の要因なのかまでは分からない。」 咲耶様は気付いていたんだ……でも、僕になんとも無かったのは…… 「……それじゃあ、あの夢は……」 「夢を見たのか……どんな夢だった?」 「昔の……人だった頃の僕が、炎に焼かれて……」 今日の夢の事を、細かく伝えていく。頭の中に鮮明に残っている、あの風景…… もしかして、あの僕が見せた……? 「……そして、その目か……」 「もしかしたら、青に戻ったのは、僕とあの僕が別々になったから……そんな気がするんです。」 「我も似たような事を考えていた。どうやら、我の予想以上に強い怨念だったのかもれんな……」 まだ、僕の中に深く根付いている過去の出来事……僕が知らない内に募らせていた物…… 「羽衣。この事は我よりも御主自身が良く分かっているはずだ。  本来ならば、我が干渉するべき事ではない。」 「咲耶様……でも、僕はどうしたら……」 もし、また別々になったとして、これからどうすればいいんだろう? 元に戻せばいいとか、そんな単純な事で終わらせていいのかな……? 「……記憶の空白を埋める事、それが手掛かりになるかもしれん。」 「記憶の、空白……?」 「後は、御主自身が見つける事だ。我にはこれ以上踏みこむ資格は無い。」 ……後は、僕次第……それを見つける手掛かりは、何処かに…… それなら、あの村に行けば何か分かるかもしれない。 「……僕、もう一回村に行ってみます。」 「そうか、なら門を開けよう。それと、村に行く前に神界に寄っていくといい。」 「え、神界に?どうしてですか?」 「神王の所に顔を出しておくといい。奴なら手助けしてくれる筈だ。  我の紹介と言えば、すぐに行けるはずだ。」 「分かりました。咲耶様、ありがとうございます!」 今の僕は神族だから……うん、きっと神王様も分かってくれる。 ……でも、咲耶様と神王様って、どんな関係なんだろう……? ----- >「意思を追って」 庭に出て、門を開く準備をする。状況は悪くない。 以前、幽羅を送った時のように意識を集中させ、桜木の空間を思い浮かべる。 「……開け!」 声と共に魔力を開放する。今回は安定しているようだ……衝撃が以前より少ない。 門には見なれた桜並木が見えていた。 「着いたら結衣香か天音に、我からの頼みと伝えるといい。」 「分かりました、それじゃあ行ってきます!」 元気のいい挨拶を残し羽衣は門を通り、そして門は消えた。 「……む。」 少し身体がふらつく。前回よりは良くなっているが、まだ完全ではないようだ。 多少休めば問題は無いだろう…… 「あっ、咲耶ちゃん!門を開いてたけど、どうしたの?」 幽羅が我の横に着地する。また空から戻ってきたのか…… まぁ、風の精霊らしいと言えばそうかもしれない。 「少し羽衣が別件で動くから、その為にだ。」 「そうなんだ、すぐ戻ってくるのかな?」 「……羽衣次第だな。」 素直に受け入れる……それが出来るかどうか。 もしかしたら、我の思っている以上に重い事になるかもしれない。 ……だが、手は出せない。 「そっか……羽衣ちゃん、大丈夫だよね?」 「ああ……大丈夫だろう。」 他人の過去に深入りはしたくない。後は、羽衣が一人で何とかする。 ……我は我の、果たすべき使命がある。 「……きっと、な。」 「咲耶ちゃん……」 「さて……少し休んだら、依頼を何とかするとしようか。」 「う、うん。」 何、きっと大丈夫だ……羽衣は、弱者ではない。 「あら?貴方は……」 桜木の空間に降りた時、すぐ近くに咲耶様のお手伝いさん……だったかな……の、天音さんがいた。 「えっと、天音さん……ですよね。」 「はい、そうですよ。ここに来たと言う事は……咲耶様が?」 「あの、ここから神界に連れて行ってもらいたくて、咲耶様にお願いしたんです。」 「そうだったんですか……分かりました、ではこちらに。」 天音さんの後についていくと、見覚えのある門が見えてきた。 ……あの時は、自分の身が滅ぶかもしれなかった。今思えば、恐ろしい事だった。 いや、今も変わってないのかもしれない。 「準備をするので、少し待っていてくださいね。」 「あ、はい……」 ……急に不安になる。もしかしたら、僕自身の身にとても恐ろしい事が起こるような…… それも、前よりも危険な事になるかもしれないと言う不安。 でも、それも元を辿れば過去の僕がその中心にいる。なら、僕自身で何とかしないといけない。 「……しっかりしなくちゃ。」 もう逃げていられない。僕自身で、決着をつけないと…… 「お待たせしました。何時でも行けますよ!」 「……はい、ありがとうございます。」 門の先に少しだけ見える、神界の風景。そういえば、神界に行くのは久しぶりかな。 ……ちゃんと、神王様にも挨拶しなくちゃ。門の中に飛び込む。 「お気をつけて!」 天音さんの声が聞こえた直後、視界が一瞬白く染まった。 ----- >「第二の故郷」 見慣れた神界の城下町、ここは……居住区域の入り口。 白い街並みがちょっとまぶしかった。 「本当……久しぶりだなぁ。」 ジエンディア大陸に渡って、色々な場所に行って、咲耶様に会って…… ここを離れてから結構時間が経ってる。 ……ゆっくりしていきたい所だけど、まず神王様の所に行かなくちゃ。 城下町の中心に、神王様がいるお城がある……ここからも見えている。 「神王様……どんな人なんだろう……」 よく考えてみたら、僕は神王様と会うのは初めて。 そもそも、そう簡単に会わせてもらえるのかな……? 凄く庶民的な人とは聞いた事があるけれど…… 「行ってみたら分かるかな、うん。」 考えてても仕方ないし、とにかくお城に行こう。 ここからはそんなに遠くない。 「……大きいなぁ……」 正門の前に着いた。いざ近くで見てみると、本当に大きいお城なんだなぁと思う。 今まで遠くからしか見た事が無かったけど……入れるのかな? 門の傍に槍を持った門番さんがいる。ちょっと聞いてみようかな…… 「あのー、すいません。」 「はい、なんでしょう?」 「神王様にお会いしたいのですけど……」 「でしたら、お名前をお願いします。」 何か本を取りだしている。表紙を良く見ると、謁見予約表と書いてあった。 ……謁見ってそんなに簡単なものだったっけ? 「神楽火羽衣です。咲耶様……木之花咲耶姫様の紹介でここに来ました。」 「木之花……分かりました。少々お待ち下さい。」 ページをめくって確認している。予約なんてしてないから、名前なんて無いはず…… 「あの、僕ちゃんとした予約を……」 「お名前は神楽火羽衣様でよろしいでしょうか?」 「え?あ、はい、そうです。」 「分かりました、今案内を呼びましたので、少々お待ち下さい。」 ……あれ?もしかして、咲耶様が代わりに……? でも、それ以外は考えられない。今のこの事情を知ってるのは咲耶様しかいないはず。 「お待たせしました、どうぞこちらへ。」 城の方から案内の人が来た。 いよいよお城の中に入るんだ……一体、どんな風になってるんだろう。 ----- >「白銀の城」 「わぁ……」 目の前に広がっていたのは、雪でも降ったのかと思うぐらい白い世界だった。 それに、凄くシンプル。威圧感がないと言うか…… 「こちらで少々お待ち下さい。」 「あ、はい。」 そして来たのは待合室。ここも白い壁に白いソファーとテーブル。 とりあえず、近いソファーに座って待ってようかな。 ……神王様と本当に会うんだと思うと、とんでもなく緊張する。 突然の事だったし、きっと機嫌が悪いんだろうなぁ…… 「はぁ……自分の事とはいえ、いざ目前にすると余計に恐ろしい……」 「まぁ、私の事をあまり知らない人ならそうなるのも無理はないかな?」 「ひゃうっ!?」 突然後ろから話し掛けられて、思わず変な声を上げてしまった。 「え、あの、その、もしかして……し、神王様!?」 「初めましてだね、神楽火羽衣さん。私が神王……アルフォードだ。よろしく。」 この人が……神王様…… 白い髪をポニーテールにして、ワイシャツにジーンズ……・ って、本当に神王様?なんか、凄いラフな感じ…… 「そんなに堅くならなくても大丈夫。咲耶からの連絡が来ているからね。」 「あ……やっぱり咲耶様が……」 「咲耶の頼みとなれば、断るわけにはいかないからね。」 咲耶様の頼みは断れない……やっぱり神王様なんだ。 もっと厳しい人なんだって思ってたけど…… 「想像と違ってたかな?まぁ、よくある事なんだけどね。」 「そ、そうなんですか……?」 そう言って笑顔を見せる神王様。 凄い気さくな人なんだ……ちょっと安心した。 「堅苦しいのは私の好みじゃないし、この方が色々とやりやすい。  部下からはもっと王様らしくしろって言われてるけど、  別にフレンドリーな王様がいてもいいと思わないかい?」 「うーん、どうなんでしょう……?」 「まぁ、それはそれとして……君は実に不思議な力を持っているね。」 早速、僕の今の状態を見ていた。 神王様だけに、僕がどんな状況になっているかはすぐに分かるんだと思う。 ……あの、禍々しい意思を持った、もう一人の僕。 「元人格とは別の、意思そのものがもう一つの人格を形成している……  ここまではっきりしているのは、私も数例しか見た事がない。」 「……稀な事、なんですね。」 「それなりにね。いや、君のような存在は私も初めてかもしれない……」 僕の体を眺める目つきが、時々鋭くなる。 もしかしたら……僕が気づいていない事も分かるのかも……? 「……距離を離していても、その影響が残る……  恐ろしいな、そんな状況になるまで力を溜めこんでいたと言うのか……?」 「僕の……そのもう一つの意思が、人を殺す所まで……」 「……そうか……もう、そこまで……」 今でも、昔の事を思い出すと胸が苦しくなる。 ……そして、取り返しのつかない事をしてしまった事も…… 「大体の状況は分かったよ。君が今不安定な状況にあるのもね。  ただ、今のその状況を生み出しているのは、君のもう一つの意思だけが原因じゃない。」 「え……?」 「恐らく、その意思が……何か別の負の感情を持った何かを取りこんでいる。  それが何かまでは、判断材料が足りないから何とも言えない……」 「別の……」 僕以外の、強い恨みを持った何か…… 幾つか心当たりはあった。けど、それが本当かどうか……それが分からない。 「……何か心当たりがあるみたいだね。」 「神王様、僕を第二大陸に行かせてください。僕の……生まれて、死んだ場所に。」 「……分かった。しかし、君一人だといざという時に何があると困るだろうから、私も付いて行くよ。」 「えっ……ええっ!?」 まさかそうなるとは思ってなかった。 でも、確かに僕一人で、もしまたあの時のような事になったら…… 「わ、分かりました……お願いします。」 「うん、よろしく、羽衣さん。それじゃぁ、転送室に行こうか。」 神王様と一緒なら、何かあっても絶対大丈夫。 それにきっと、あの村で……僕の故郷で、全てが分かる……そんな気がする。 ----- >「彼の償い」 転送室に向かいながら、今回の事を考える。 近い事例はたった数例。少なくとも、私が確認しているのはその程度の数だ。 そして、その殆どが悪い結末を迎えている。 彼女のその一人ではあるが、今回は……どうも少し様子が違う。 力のある、負の方面が存在しているし、侵食も多少だが起こっている。 だが、これは……塗り替えようとしているようには見えない。 ……現地に着いた時に、もう少し詳しい事を聞いておこう。 「あの……神王様?」 「ん、なんだい?」 「一緒に来てくださるのは嬉しいですけど……本当に大丈夫なんですか?その、他の事とか……」 「ふふっ、大丈夫。この件は優先事項として話を通してあるからね。」 そう、この件は私にとっても興味深いものであるし、 何よりも……咲耶から直接の連絡が入ったぐらいだ。 迷惑を掛けてしまった、そのお侘び……のつもりで、この件を進めたい。 「だから大丈夫、私の……神王の名に掛けて、ね。」 「……はい……ありがとうございます。」 彼女のためにも、咲耶のためにも……無事に解決してみせる。 転送室は、少し広くて、真中に大きな魔法陣が描かれている部屋だった。 強力な魔力の流れがそこにあるのがすぐに分かった。 「うわっ、凄っ……」 「やっぱり、転送するならこれぐらいの魔力補助がないとね。」 「……それにしても強烈ですよ、これ。」 これを神王様が使うのなら、これぐらいはあった方がいいのかもしれない。 ……けど、この強さ。普通の魔法も、この場所だと凄い威力になりそうなぐらい。 「人一人を転送するならかなりオーバーだけど、ここでは複数だとか、物資も運ぶ場合もあるからね。」 「あ、なるほど。」 「さて、それじゃあ出発だ。行先は君が指定してね。行きたい場所を念じれば、後は勝手にやってくれるよ。」 「分かりました。」 あの村を思い浮かべる。僕が住んでいた、小さな村。 すると、急に足元が明るくなった。 「わわっ!?」 「位置補正完了、魔力安定……よし、出発!」 神王様がそう声を上げると、光が一気に強くなって、視界が真っ白になった。 ----- >「深層への回帰」 視界が戻ると、村から少しだけ離れた所に立っていた。 村の様子は、前に来たよりもなんだか明るい気がした。 やっぱり、あの時の僕の影響が大きかったのかな…… 「ここが……」 「はい……僕が、人間だった頃に住んでいた村です。」 「静かで良い所だね。」 ……今はそう見える。でも、前はそうじゃなかった。 あの時の僕は、間違い無く……ここの村人を殺した。 「はい……でも、僕は……」 「……聞かせてもらっても良いかな。君の過去と、この村で起こった事を。」 「……分かりました。」 僕がここで何をしたか。僕の身に何が起こったのか。 過去と今、起こった事、起こっている事を神王様に伝えた。 神王様の表情は、ずっと曇っていた。 「そうか……だから、今……」 「きっとここに来れば、どうして僕の目が元に戻ったのか……それが分かる気がするんです。」 「……これは私の推測だけども、その生贄を捧げる習慣が今回の事に何かしら関与していると思う。」 ある年になったら、子供を生贄に捧げる。それがこの村で行われていた事。 そして僕は、その生贄となった…… 結果として僕は人間として死んで、猫神様の手で神族に生まれ変わったけれども…… 「この地を長く見ている者……彼からも、話を聞く必要があるね。」 「猫神様ですね……でも、今は何処にいるんだろう?」 「お呼びですかにゃ?」 「きゃっ!?」 不意に足元から声が聞こえて驚いた。この声は…… 「お久しぶりだにゃ、神王殿、羽衣。」 「久しぶり、元気にしてた?」 「あっ……お久しぶりです!」 間違い無く、猫神様だった。突然現れたからびっくりしたけど…… 足元から離れた猫神様は、ぽんっ、と言う音と煙と一緒に人の姿になった。 「僕はそれなりに。それで、羽衣……その目は……」 「……突然、こうなって……それで、多分あの子が関わってるんじゃないかって。」 「……まだ全部終わって無かった、という事かな。」 「そう……なのかもしれません。」 もう二度と出てくる事もない……そう思っていた。 けど、今になってどうして…… 「羽衣さんの事は君が一番よく知っていると思うし、私はサポートに回ろうかな。」 「そうして貰えるとありがたいです。羽衣のためにも……」 「……ありがとうございます。」 何が起こるか分からない。けど、神王様と猫神様が一緒なら、きっと…… 「さて、立ち話もあれだから、村に行こうか。」 猫神様の提案で、村に入る事になった。 村の人達は、今どんな感じなんだろう…… ----- >「古き仲」 「こうして三人で出かけるの、久しぶりだね〜。」 「そうですね。羽衣さんがいないと、ちょっと寂しいですけど……」 「何、羽衣ならすぐに戻るさ。」 三人で魔物の討伐に向かう。 羽衣がいない以前の状態に戻った……それだけの筈が、何かが足りない。 ……これも変化、か。以前の我であれば、一人ででも何も思わず戦いに挑んでいただろう。 「……でも、なんで今になってあの……もう一人の羽衣ちゃんが出てきたんだろう?」 「分からない……二度と出る事もないだろうと我も思っていたからな。」 羽衣ともう一人の羽衣は、一度確実に一つになっていた。 だが、それが突如として分離した……その理由が何なのか。 あの時感じた気配は、羽衣からではなく外部からの物だ。 何らの外部的要因によって、強制的に分離させられた……? 「咲耶様は、羽衣様の所へは……」 「今回は……羽衣に任せる。我が干渉すべきではない。」 「そうですか……」 ……あれ以上は、我は手出しが出来ない。 あんな真似はよほどの事が無い限り出来ない。 それに、分離しているはずのもう一人の羽衣の動きが全く感じられなかった。 「だが、神王の所には行かせるようにした。奴なら何があっても対応出来るだろうからな。」 「あ、そうなんだ。それなら大丈夫かな。」 ここから先は、我よりも距離が近い猫神や、あれでも神族の長であるアルフォードに任せた方がいい。 ……何より、我は精霊だ。そこまで干渉出来る程の知識と能力は無い。 「今は、我らは我らの、羽衣には羽衣のやるべき事がある、それだけだ。」 「うん……そうだね。」 「今は私達で頑張りましょう。」 「ああ。」 今はただ、互いに目の前にある問題をどうにかしなくてはならない。 ……やらねばならぬ事は、多くある。 ----- >「見えない過去を追って」 村の中の様子は、前に来た時よりも明るくなった気がする。 ……暗かった原因の一つに、僕があるんだけども。 「おぉ、貴方は……!」 「あっ、あの時の……お久しぶりです。」 村に入ってすぐに、あの時のおじいさんに会った。 おじいさんも、前に見た時より元気そうだった。 「あの時は本当にごめんなさい……」 「いえ、本当に悪いのは私達の方……  詳しい事情はあちらのお方から聞く事が出来ました……」 そう言って、人の姿をしている猫神様の方を見ている。 ……そっか、猫神様がちゃんと…… 「羽衣神様も、大変だったでしょう……」 「え、あ、はい……色々ありましたけど、でも、今は平気です。」 なんだか、羽衣神様と言われるとちょっと変な感じ。 でも、普通の人から見たら神様……なのかな。 ううん、でも今はそんな事よりも…… 「あの、ちょっと聞きたいんですけど、ここ最近村で変な事とか、何か気になる事はありましたか?」 「気になる事ですか……あぁ、そう言えば近くの墓地で、いないはずの子供の声を  聞いたと言う者がおりましたな。」 「いないはずの……?」 「ええ。笑い声が聞こえたとか……しかし、そんな事は今まで一度もありませんでしたし、  その時は気のせいではないかと……」 いないはずの……子供?幽霊か何かなのかな…… でも、そんな事が無かったのが急にって所が引っ掛かる。 「急に、か……もしかしたら、羽衣が元に戻った時に近いかもしれないね。」 「そうかもしれませんね……その墓地に行ってみますね。おじいさん、ありがとうございました。」 「いえいえ、羽衣神様のお力になれるのであれば……」 おじいさんと別れて、猫神様の案内でその墓地に向かった。 子供……なんだろう、何処か、頭の中で引っ掛かるような……そんな感じがする。 ----- >「負の幻影」 村から少し離れた場所に、その墓地はあった。 ここには多分、一度も来た事が無い。僕が神族になる前でもその筈だった。 それなのに、どうしてだろう……凄く、懐かしい。 子供の声が聞こえたのもここ。寂れた墓地の、その中で。 「……羽衣さん、どうしたの?」 「いえ……なんとなく、懐かしいなぁって。」 「懐かしい……でも、羽衣はここへは来た事が無いはずじゃ?」 「そうですけど……でも、そんな気がするんです。」 きっと、ここに僕に関係する何かがある……だから、こんな気分になるのかもしれない。 「ここを調べてみます。もしかしたら、何か手掛かりがあるかもしれない……」 そう言ってもっと奥に進もうとした、その時だった。 『あははは……』 「……!」 間違いなく聞こえた、笑い声……これは、女の子の……? 思わず武器を具現させて身構える。何かが、近くにいる……? 猫神様と神王様にも聞こえていた。二人とも身構えている。 「……僕の聞き間違えでは……無いみたいだね。」 「どうやら本物らしい。しかし、これは厄介かもしれないな……」 何処かに声の主がいる……でも、何処に……? 『うふふ……』 『ははは……』 「声が……増えた……?」 今度は男の子の声。冷や汗が出る。近い…… でも、この感じ……何か、覚えて……? 「……あ、れ……?」 「羽衣!?」 「羽衣さん!」 急に目の前が暗くなっていく。武器が消えていく。 全身から力が抜けて、その場に倒れる。 あぁ、何だろう……凄く、温かい…… 「羽衣、しっかりして!羽衣!!」 「羽衣さんっ!こんな事が……ありえるのか……!」 二人の声も、だんだん聞こえなくなって。 凄く、眠い…… 『……おかえり……』 うん……ただいま……みんな…… ----- >「漆黒との対峙」 「……ここは……?」 気が付くと、僕は夜の墓場にいた。猫神様も神王様もいない。 雲の隙間から月の光が差しこんでいる。 ……違う。ここは僕達のいた墓場じゃない。 「また、会えたね……」 そこにいたのは、あの時の僕。 あの白装束は……僕が、焼かれた時の…… 「……あれで終わりだと思ってた。けど、みんながあたしを呼んだの。」 「……貴方の目的は?僕の身体を奪うため?誰かを殺すため?それに、みんなって……」 「ふふふ……」 不気味な笑みを浮かべながら、近くの墓石に腰かけている。 でも、何だろう、前と違う…… 「もうあたしにはそんな事は出来ないよ。あの時、貴方と一緒に生きるって、あたしも決めていたでしょ?」 「じゃあ、なんでこんな事に……?」 「……あたしもみんなも、まだ許した訳じゃない。」 あの僕がそう言った途端、その背後の風景が突然歪み始めた。 すぐに分かる、混沌とした気配……酷く淀んでいる。 聞こえてくる、子供の声……一人じゃない、多くの声が重なっている。 「みんなはまだ殺したがっている。でも、貴方とあたしがそれを許さない……」 背筋が一瞬で凍る、恐ろしい気配。 助けて、熱いよ……そんな声が聞こえる。 「これは……!?」 「貴方は最後の生贄。一番怨みが強かったの。だからあたしがここにいる。」 視界が霞んで、身体から力が抜ける。 「うっ、くっ……」 「……ふふ、覚えてる?貴方が殺された時の事、あたしが生まれた時の事……」 頭に浮かぶ、あの時の光景。身体が燃える、あの感覚。 身体が熱い……息が、苦しい…… 立っていられず、その場に倒れこむ。 「……あたしは怨念。託された物は、多くの怨み……」 ……僕が、最後の……村人への、怨み…… 「僕は……」 僕の呼吸は、ここで止まった。 ----- >「過去を見る人」 「う……んん……」 「羽衣!大丈夫かい!?」 「あ……猫神様……」 目が覚めると、僕は布団の中にいた。 それに家の天井と、ほっとしたような表情をした猫神様が見えた。 「ここは……痛っ!?」 起き上ろうとした時に、体中に鈍い傷みが響いた。 「今はあまり動かないで。まだ体に何かしら影響が残っているみたいだから……」 「はい……」 もう一度横になって、少し周りを見渡してみる。 ここは誰の家なんだろう?それに、神王様が見当たらない。 「ここは墓地の近くの小屋だよ。ちゃんと掃除されているあたり、今でも使われているみたい。」 「……僕は、墓地で倒れて、それで……」 「この小屋に運ばれた。それと神王殿は今、あの墓地に関する話を村に聞きに行ってるよ。」 神王様が聞き込みに……本当は僕自身がやるべき事なんだろうけど…… それにしても、起きようとしただけであれだけ体が痛むのはどうして……? 「そうだ、羽衣……酷くうなされていたようだけど……何か、悪い夢でも見たのかい?」 「夢……あれは……」 あの僕が見せた、あれは本当に夢? 多くの子供の、あの声と姿は、ただの夢で済まされるの? 「あれは……夢じゃない。」 「え……?」 「僕が……あの僕が見せたのは……」 思い浮かぶ、あの光景。 虐げられて、燃やされる。熱さが痛みになって、でも、すぐに何も感じなくなって…… 「……聞かせてくれるかな。何を見たのか……」 猫神様に、僕が見た事を伝えていく。 あの僕の言葉、子供達、それに……生贄と、怨み。 猫神様は、子供達の事に付いてが気になっているようだった。 「子供達の怨念に、生贄……いや、まさか……」 「恐らく、君が考えているそのまさか、が現実にあるのは間違い無いだろうね。」 「にゃっ!?」 「あっ、神王様。」 後ろから急に話しかけられたせいで、猫神様の口調が人の姿なのに猫に戻った。 ……なんだろう、これはこれで……ってそんな事を考えてる場合じゃない。 「し、神王殿か……脅かさないでくださいよ。」 「いや、そこまで驚くとは思ってなかったけど……まぁそれは置いといて。」 「ええ……僕が考えているまさかが現実にある、と。」 「そう。この村で生贄として犠牲になったのが羽衣さんだけじゃないのは確実で、  しかも犠牲になっているのは決まって子供なんだ。」 子供が犠牲になっている……じゃあ、僕が見たあの子供達は、生贄として殺された…… 「それで、最後に生贄として殺されたのが……羽衣さん。」 あの僕が言っていた事と同じ。僕は、一番最後の生贄だった。 ----- >「真相を知るために」 「僕が殺される前にも、犠牲になった子供がいた……」 「羽衣が迫害を受けている時に、村人の犠牲者が出始めた……それは僕も確認してる。  ……恐らく、怨みが今までの怨念を呼び寄せた形になったんだと思う。」 あの僕の後ろにいた子供は、つまりそういう事なんだと思う。 僕がまだ人間だった頃、知らず知らずの内に怨念を呼び寄せていた。 その結果が……あの、僕…… 「……村人の話では、十年に一度、この村に来る神の為に生贄を捧げる事になっていたらしい。  でも、痕跡を調べてもここ暫くその神とやらが来た様子は無いんだ。」 「生贄なんて、必要無かった……」 何も罪の無い子供達が、殺される……どうして、こんな事が……? 「神がもう来ない事が、その当時の村人には分からなかったのかもしれない。」 「……僕が羽衣に初めて会った時……その時は、僕以外に神とか、神族がいた気配はしなかった。  そもそも、生贄の事そのものを知らなかったけれども……」 ……いや、それだけじゃない……もしかしたら、あの僕が殺した村人だって…… 「……僕が……怨念を……うぐっ!?」 「う、羽衣っ!?」 「羽衣さん!!」 急に、胸を締め付けられるような痛みが襲う。 また、意識が薄れていく。これは……呼んでる……? 「あ……ぐっ……いか、な……く……」 ……行かなくちゃ。みんなの元へ。 そこは薄暗い家の中。何処か、見覚えのある風景。 「おかえり。」 そこに佇んでいた、もう一人の僕。不思議と、禍々しさを感じない。 あの僕は怨念その物のはずなのに。 「……本音を言ってもいい?」 「なぁに?」 「僕を呼ぶ方法、もっと穏やかに出来ないの?」 「ふふふっ……分かってるくせに。」 ああでもしないと呼び出せない、それ相応の事情がある。 ……間違いなく、そこは怨念らしいと思う。 「……僕には知らない事がたくさんある。けど、貴方なら、それを知っている……そんな気がする。」 「そう……貴方はそう思うんだ?」 「うん。貴方が怨念その物だって言うのなら……」 僕の知らない所で、全ては動いていた。 その事を、僕は余りにも知らなさすぎる。 「……教えて。もっと、貴方の事を。」 「いいよ。その為に、ここに呼んだんだもの。  ここなら、他人の影響を受けないから。そう、ここは絶対。」 あぁ、そうだ。ここは……僕の、家だ。 ----- >「過去を伝える人」 ここは小さな家。僕が住んでいた場所。 そう、ここで僕は、人間として生きていた。 「……今は、もう取り壊されてるのかな。」 「貴方が死んでから、すぐに壊されたみたいだよ?」 「そっか……」 あの時の僕は、村人にとって忌むべき存在だった。 ……すぐに壊されて当然なんだと思う。 「そんな事より、もっと重要な事を聞きたいんじゃないの?」 「……うん。貴方は、本当は何者なのか……」 ただ、純粋に僕の負の部分だけの存在じゃない。 もっと大きな、別の何かが関わっている……その答えがここにある。 「あたしは怨念そのもの……貴方の怨みは強かったけれど、それだけじゃ人は殺せない。」 「……他に殺された子供達の怨み?」 「そう。殺される理由もよく分からないままに、殺されていった子の怨み。  ……ふふっ。貴方の怨みは本当に強かった。だからみんなが引き寄せられた。  貴方の怨みが一番強かったから、みんなを引き寄せたの。」 ……僕は最後の生贄であり、そして最も村人を怨んでいた。 今はそう思っていないけれど、それは猫神様の手によってあの僕と分離されたから。 ……怨みは、全てあの僕が引き受けていた。 「あたしが貴方の姿をしている理由も、もう分かるでしょ?」 「……そうだね。」 「それと……怨みを持っているのは子供達だけじゃないのも、もう分かってるかな。」 「貴方が殺した村人の怨みも、貴方が引き受けていた……」 ……怨みが怨みを呼ぶと言うのは、こういうことなのかな。 「ふふっ、自業自得よね?散々あたし達にあんな事をして来たんだから。」 「……それでも、殺すのはやりすぎだよ。」 「怨念の力を見せてあげただけだよ?怨みが全てを食らい尽くすまで、力を見せるつもりだった。」 「それを僕が……止めた。」 あの僕はあからさまに不満そうな表情をしていた。 まだ殺し足りない……そんな雰囲気だ。 「外にいる子達は、まだ足りないってずっと言ってる。」 「これ以上は……絶対に僕が許さない。」 「……そう。」 不満そうだった、けれど、何処か寂しそうにも見えた。 ……何か、別の意思を感じる。 「……もう、貴方は望んでいないものね……」 「……うん。」 「でも、あたしは怨念。怨みを作った元を消さない限り、あたし達は来えない……」 突然、ガタガタと家が揺れ始める。 少しずつ、嫌な気配が強くなっていく。 「戻って。貴方のいるべき場所へ……」 「……!!」 扉が荒々しく開き、怨念が流れ込んだ瞬間、僕の意識は消えた。 ----- >「何時か見た夢」 「う、ん……」 「羽衣!」 「羽衣さん、大丈夫!?」 意識が元に戻る。少し、体が軽くなったような気がする。 猫神様も神王様も、心配そうな表情をしている。 「……大丈夫、です……」 もう一度、起き上がろうとする。今度は痛くない。 ただ、何となくだけれども……何かが、自分の中から抜け落ちたような、そんな感覚がする。 「もう起きて大丈夫?」 「はい。ごめんなさい、心配ばかり掛けて……」 「ううん、いいんだ。羽衣が無事なら……」 猫神様の手を借りて立ち上がる。 ずっと横になってたから、少しふらふらする。 「ん……?」 「どうかしましたか、神王殿?」 「いや、羽衣さんから、一つ気配が消えているような気がしてね。」 気配が一つ消えている……この抜け落ちたような感覚ってもしかして……? 「あの……もう一度、墓地に行ってもいいですか?」 「それは構わないけれど……本当に大丈夫かい?」 猫神様が心配するのも当然。さっきは墓地に来た途端に意識を失ってしまった。 だから、あの場所がどういう物なのか、自分の目でしっかりと確かめたかった。 「はい……もう、大丈夫です。」 「……僕も付いて行くから、何かあったらすぐに言ってね。」 「分かりました……」 あの場所に……きっと手掛かりがある。 寂れた墓地、一部の墓石は酷く風化してしまっている。 ……少しだけ、胸が締め付けられるような感じがする。 「……ここには、誰も来ていなかったのかな……」 「この荒れ具合からすると……そうかもしれないね。」 村からはそう遠くないはず……それなのに、こうして放置されている。 何か、ここに来たくない理由があるのかな……? 「名前も書かれていない、か。最低限の形式だけにしても、これは……」 「……もしかして、ここって……」 手入れされず、風化している墓石。何とか形を残している墓石を見ても、名前が書かれていない。 それに、この、胸が締め付けられるような感覚…… 「……生贄になった人の、お墓……?」 「……可能性はありそうだね。」 不意に、自分が生贄になった時の記憶が浮かび上がる。 体が燃えて、とても熱くて、でもそれが暫くすると何も感じなくなって…… もしかして、人だった頃の僕も、ここに……? ----- >「過去を見つめる」 墓地をゆっくりと歩く。 もし本当にここが生贄になった人のお墓なら、 僕の……人間だった頃の僕も、ここにいるかもしれない。 「羽衣……大丈夫?」 「……大丈夫です。」 猫神様にそう返事はしたけれど、正直そんなに調子はよくない。 相変わらず、胸が締め付けられる感覚はある。 「……?」 視線を感じる。でも、猫神様じゃない。 感じる方向を向いてみる。少しだけ風化したお墓がある。でも、誰もいない。 近づいてみる。風化は進んでいるけれど、他のに比べるとまだ度合いが少ない。 「これって……」 名前は書かれていない。でも、何となく……分かった。 眩暈がする。間違いない。このお墓は…… 『やっと来てくれた。』 「……ごめん。」 墓石に座っていた、もう一人の僕。 ずっと、ここで待っていたのかな…… 「ここは……やっぱり、そうなんだね。」 『そう。形だけのものだからこんな状況だけれども。』 「そっか……」 ここに、人間だった頃の僕が眠っている……すごく、複雑な気分。 僕は生きている。けれど、それは神族としての僕であって、人間としてじゃない。 『まぁ、あたし達はただの生贄だから、ちゃんとした墓なんていらないんだろうけど。』 何処か皮肉るような口調でもう一人の僕は言った。 ……なんだか、寂しい。 「……ある種の狂信的な物だったと思う。そして、それが結果として君を生み出す結果となった。」 「猫神様……」 『神の為に生贄を捧げる……ふふっ、酷い話よね?存在しない神の為に殺されるなんて。』 「……気づくのが、遅すぎた。それが我々の落ち度だ。」 もう、生贄の必要なんて無かった。それなのに、殺された。 理不尽という言葉だけで済まされない。それ程の事。 「だからこそ、今その因果に決着を付ける。」 「うん……もう、迷わない。」 『……好きにすればいいよ。それで、みんなが納得出来るとは思えないけどね?』 ……そう、これは僕一人の問題じゃない。 村人、生贄、神……多くの人が、関わっている。 ----- >「実像と虚像」 一人、小屋で今後の事を考える。 正直な所、未だに驚きっぱなしだ。まさか、ああ言う風に形になっているとは。 恐らく、今は羽衣さんと猫君が彼女と対峙している所だろう。 神の権限を全力で使ってもいいが、あのレベルだと正直、無事に済むかどうかも怪しい。 ……答えを導き出すのは、やはり本人に任せるべきかな。 無論、その答えを導くに至る途中での手助けは全力でするが…… それはその時になったら考えよう。 あまり無闇矢鱈に最高権限クラスの力を行使するのは後が面倒だ。 「……それにしても、咲耶がこれを頼むとは、ね。」 昔の咲耶を知っている身としては、咲耶から頼まれるという事自体が驚きだった。 いやまぁ、今であればあるにはあるが…… 咲耶も随分軟化したものだ。昔は正直な所、相手にしたくない相手でもあった。 やたら堅苦しい上、異質な空気を何事も無いかのように叩きつけて来た。 それが今になってみれば、仲間と共に行動している……昔じゃ考えられない。 ……まぁ、そうなるように道を作った、とも言えるが。 「失敗は許されなさそうだ……さて。」 頼まれたからには、完遂しなくてはならない。 それがどんな事であれ、あの咲耶がこの私に頼んだのであれば。 ……借りは返す。そう決めた。 この状況をどうやってひっくり返すのか。 正直な所、僕にはどうしていいのか分からない。 全ての怨念を片っ端から浄化しようにも、規模の予測が出来ない。 最悪、逆に飲み込まれてしまう事だって有り得る。 ……今、僕の目の前にいるそれも、何をしてくるか分からない。 神王殿の支援があれば問題は無い……けども、そう簡単に事が進むだろうか? 「……僕はもう、逃げない。」 「羽衣……?」 沈黙を破ったのは羽衣だった。 迷いの無い、まっすぐな言葉。 「もうこれ以上、過ちは繰り返さない。ここで……全て終わらせる。」 『……無駄よ。貴方が望まなくても、みんなは殺し続ける。貴方だけで何が出来るの?』 それの背後が歪む。禍々しい空気が流れこんでくる。 それでも羽衣は、その目は、それを捉え続けていた。 「僕は一人じゃない。僕には、仲間がいる。」 羽衣の右手が燃え上がる。その炎の中から、何かが具現化しようとしている。 この魔力……まさか……羽衣が? 「もう迷わない……!」 何かが具現化されていく。これは……槍? 炎に包まれた、一本の槍。それに、この波動は…… じゃあ、あの空白を埋めるのは……羽衣だったのか? ----- >「空白」 因果と言うのは、思いもよらない所で具現化する事もある。 墓地周辺に結界を張っている最中に、羽衣さんから発せられたそれは、 間違いなく私が足りないと感じていた物であった。 「……いやはや、人生何が起こるか分からないね。」 だが、それはまた後の話だ。 今は彼女が円滑に決着を付けられるよう、支えるだけだ。 結界の構築は完了した。外界への影響はこれで無くせる。 遠目から様子を見ていたが、不意に、その中心から黒が広がった。 「……いざとなれば、か。その時は素直に怒られておこうかな……」 神官達の不満そうな顔を思い出し、少し苦笑い。 でもまぁ、きっと納得してくれるだろう。 ……彼女が、本来の姿になってくれれば、尚更だ。 突然、目の前の僕から光が消えた。一瞬であたりが暗くなる。 『あれ……?』 でもそれは墓地の中だけで留まっていた。 何かに堰き止められているように……結界? この感じ、神王様が結界を展開してくれたのかな。 『……ふーん、面倒な事するんだね。』 不満そうに目の前の僕は言う。 あのまま、村ごと包んでしまうつもりだったのかな…… そんな事になったら、村の人達が、みんな…… 「これ以上は、僕が許さない!!」 迷う事なんてない。全てを、ここで終わらせる。 槍を構える。槍が纏う炎、その力は……『浄化』。 今なら分かる気がする。どうして僕が、炎を扱う事が出来るのか…… 『無理よ!貴方には止められない!』 「そんな事無い!」 怨霊達が襲い掛かる。冷静に避け、槍を振るう。 ……なんだろう。声が聞こえる気がする。 「羽衣っ!!」 猫神様の声が響く。怨霊を退けながら猫神様のいる所まで下がった。 それでも怨霊の攻撃は止まない。 『どうして……どうして貴方はあたしを止めるの!?』 「もう誰も恨む必要なんて無い!殺す必要なんてない!」 『必要無い?……ふざけないで!!貴方は、あいつらにされた事を忘れたの!?』 忘れたわけじゃない。恨みが全く無いと言ったら嘘になる。でも…… 「それは今じゃない!貴方は過去に囚われているだけ!」 『五月蝿いッ!!もう誰にも止められない!みんなここで殺してやる!!』 「ぐっ……!?」 攻撃が熾烈になる。槍を地面に突き立てて、そこを中心に結界を張った。 ……でも、長くは持たない。 「羽衣!?」 「……っつ……!!」 じりじりと手が焼けるような感覚がする。 油断すれば、一瞬で潰されてしまいそうで。 『た……す……け、て……』 「………!!」 小さいけれど、聞こえた。助けを求める声。 間違いなく、それは怨念から発せられていた。 「今の声は……」 「……はい。間違いないと思います。」 苦しいのは、僕やもう一人の僕だけじゃない。 あの僕に囚われた霊もまた、苦しんでいるんだ…… ----- >「開放への戦火」 『あははははは!!いつまでそんなことしてるのかなぁ!!』 まるで恨みを直接叩きつけてくるような、そんな攻撃。 これを止めるには……もう、これしかない。 「……猫神様。僕……どうしてこの力があるのか、分かったような気がします。」 攻撃の先、もう一人の僕がいる所へ意識を集中させる。 狙うのは、あの一点。 「羽衣……それじゃあ、やっぱりその炎は……」 「本当の、神の力……」 どうして僕が、炎の魔法をこれだけ上手く使えるのか。 確かに、少し勉強すれば簡単な魔法は使える。 でも、今僕が使っているのは、勉強した事の無い……いや、そもそも知らないはずの魔法。 そんな魔法を、何事もないように、最初から知っていたように使っている。 「今の僕なら、出来ると思うんです。あの僕を止める事を……」 「で、でも、それは羽衣の体が……!」 「分かってます……それでも、今やらないと……二度とあの僕を止めることが出来ない。」 僕がやろうとしている事。多分、僕の体にかなり負担が掛かる物だと思う。 でも、躊躇している時間はない。これは、僕以外には絶対に出来ない。 「羽衣っ!!」 「止めないでください!」 ……やろう。そして、終わらせよう。 もう二度と、誰も悲しまないよう。 結界をそのまま攻撃に変える。周囲に迫っていた怨念を吹き飛ばす。 『やっと本気を出してくれるの?』 「……うん。貴女を、みんなを助けるために、僕の全力をここで見せる!」 『助ける……?貴女もバカね。助かるわけがないじゃない!!』 攻撃が飛んでくる。でも僕は、それを一振りで消し飛ばした。 次の一手に、全てを託す。持つ槍に、一点に、力を集中する。 この一撃は、『倒す』ためじゃない。『救う』ためにある。 『貴女も、村の奴らも、ここで死ぬのよ!!』 「絶対に、させないッ!!」 向こうも全力だ。でも、負けない。 僕の全力を込めた、炎の槍。全てを貫き、『浄化』する。 「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 槍を放つ。あの子の怨念が見えた。でも、僕は怯まない。 槍は闇を切り裂き、あの子に真っ直ぐに飛んでいく。 視界が揺らぐ。体が崩れ落ちていく。声が聞こえたような気がした。 「どうして……どうして、あたしが殺されないといけなかったの……?ねぇ……どうして……?」 泣いている……そう、これは、あの時の僕……いや、それだけじゃない。 生贄となって殺された、全ての子供達が思った事…… ----- >「決意」 「……羽衣?」 書斎で日記を読んでいた時、ふと、羽衣の気配を感じた。 ……いや、限りなく羽衣に近い気配、と言うべきか。一瞬ではあったが、力強い物だ。 これはまるで……本来の神の力。 「……まさか。」 奴から聞いた事がある。神界では、神が不在になる事があると。今でもその空白は発生している。 随分といい加減な物だが、神界における上位神の定義を考えれば、有り得ない話ではない。 一つの力に対し、特に得意とするものを持つ神族……可能性としてはあるのだろうな…… 大きな力を扱える存在は稀だ。そして、本来遠い場所にいるはずの羽衣の気を感じた。 自らと対面した事で、その本質が見えたのかもしれないな。 ……羽衣が、炎を司る神に、か。 「……さて。」 日記をしまい、書斎を離れる。後は、羽衣次第だろう。 ……変えてみせろ、羽衣。過去を断ち切り、未来を手に入れろ。 炎は消え、闇は晴れた。けれど、そこに羽衣の姿は無かった。 見回すと、少し離れた所に神王様が立っていた。 「羽衣……!?」 「彼女は、決着を付けに行ったよ。後はもう、私達がどうこう出来る物じゃない。」 「でもっ……!」 あれ程の怨念を、たった一人で背負わせている。 何か……何か出来ないのか……? 「……これは彼女自身が決めた事だ。今は、信じてあげよう。信じて、帰りを待とう。」 「神王様……」 ……助けてあげたい。でも、それは叶わない。 今はただ、祈るしか無い。羽衣が無事に戻ってきてくれる事を…… 「それと、私達はやらねばならないことがある。もしかしたら、ここで邪神が出ていた可能性もあるからね。」 「……堕落した神、人を喰らい糧とする、か……僕達で真偽を確かめなければ。」 今、僕達にしか出来無い事がある。全てを終わらせるために、出来る事をやろう。 羽衣が、無事に戻ってきてくれた時のために…… 生きたかった。もっと、生きたかった。でもそれは叶わなかった。 憎い。あたし達を殺した奴らが憎い。だから殺す。殺して、同じ苦しみを与えてやる。 「でも、それはもう意味が無い。今あの村で住む人々は、もう同じ過ちは繰り返さない。  これ以上犠牲は出ない。もう、終わったんだよ。」 ……もう、止められないの。恨みは積み重なる。あの村の全てを食い尽くすまで…… 「なら、僕が止める。全て終わらせる。」 どうやって?例え貴方が神になっても、こんな怨念をどうにか出来るの? 「出来るよ……今の僕なら。この力は、今この瞬間の為にあるんだから。  この力は、壊す為だけじゃない。正す為の力でもある。  例え僕がどうなろうとも、やってみせる。」 負に囚われた者に、安らかな眠りを。 ----- >「意思の収束」 罪は消えない。でもこれ以上、罪を積み重ねさせるわけにはいかない。 全ての悪意はここで収束する。全ての悪意はここで終わる。 やってみせるよ。これは僕にしか出来ないのだから。 「全部、終わらせるよ。」 目を開く。そこは焼け野原だった。周囲に悪意が陣取っている。 もうあの子の返事は聞こえない。四方八方から悪意が迫るのが分かる。 直前まで迫る。その瞬間を見て、槍で振り払う。炎が舞う。悪意が消える。 また迫ってくる。それを振り払う。それを繰り返す。 振り払うたびに、焼け野原だった光景が、白く塗りつぶされていく。 重く感じた悪意も、少しずつ、少しずつ、消えていく。世界が白くなっていく。 どうして? 声が聞こえた。何故、僕はここで槍を振るうのか。 「貴女に、安らかな眠りを与えるため。」 振るいながら答える。もう苦しませない。全てを断ち切る。そのために、僕はここにいる。 あぁ、身体が焼けるように熱い。それでも振るうのを止めない。 もう世界の殆どが白くなっていた。悪意もあまり感じない。 一度、大きく振り払った時、あの子の姿が見えた。泣いている。 これが最後。大きな炎を纏わせ、全力で振り抜く。悪意は消えた。世界は白く塗りつぶされた。 目の前に、僕がいた。涙を流している、僕がいた。 黒の長髪、澄んだ赤い瞳、華奢な体。それは間違いなく、僕だった。 「もう大丈夫だよ。だから、泣かないで。」 槍は燃え尽きた。満身創痍の身体で、優しく抱きしめる。 これで、全ては一つに収束した。 「ありがとう……」 こうして僕は、この世界から消えた。 ----- >「支える者と支えられる者」 目が覚めると、そこはあの墓地だった。あたりを見回す。 僕はあの墓石に寄りかかる感じになって……意識を失ってた? いや、そうじゃない。僕は、あの子と……? ……ううん、もうこれ以上考えても仕方ないかな。 立ち上がって、空を見上げる。そう、これで良かったんだ。 もう、これ以上誰かを悲しませる事はない。 さぁ、帰ろう。いろんな人を心配させてるんだから。 囚われた意志は彼女の手によって解き放たれ、星の輪廻へと導かれる。 彼らが再びこの世に生を受けるのは、暫く後になるだろう。 それにしても……私は多くの事象を見てきた。だが、この様な事は滅多にない。 あれだけの怨念を、ほんの僅かな時間で祓ったのだ……間違いなく、彼女は本物だ。 これで空白が一つ埋まる。しかし……彼女を神界に拘束するのはよろしくないな。 ここは一つ、また無理を言ってみるか。 「羽衣っ!」 「あ、猫神様……」 村に戻ると、人の姿をした猫神様が駆け寄ってきた。 ……なんだろう、すごく久しぶりに会ったような気がする。 「羽衣、無事でよかっ……ん?」 突然、じっと僕の顔を見る猫神様。あれ、顔に何か付いてる? 「どうかしましたか?」 「羽衣、左目が……」 「えっ?」 「ほら、これ……」 ぽんっ、という音と一緒に手鏡が出てきた。それで自分の顔を見る。 ……左目が、あの子みたいな赤い目になっていた。 「……そっか。そうだったんだね……」 あの時、あの瞬間に、僕は二つの存在になった。 神族としての僕と、人間としての僕。 それが今、また一つに戻った。最初とは、少し形が違うけれども…… 「分かたれた意志は今再び一つに。最高の結果だね、羽衣さん。」 「……はい、神王様。」 猫神様の後ろに神王様が現れる。なんだか、疲れているように見える。 僕がいない間に、何かあったのかな……? 「いやぁ、本当に驚いた。突然炎神の波動が広がる物だから、神官がわざわざこちらに来てね。  どういうことだ!どうなってるんだ!なんて質問責めだよ。困っちゃうね、ほんと。ははは!」 あの時、僕が使った力。それは炎の具現。 全てを焼き尽くす激しさと、他者を癒す暖かさ。 相反する力を持つ、神としての力。 ……なんだけども、特に前振りとかなしに目覚めたせいか、 神界の人達がその気配に驚いたみたいだった。 「あー、うー……ごめんなさい……」 「いやいや、謝る必要はないさ。無事に帰ってきてくれただけで十分。  ただ……一時は本当にどうなるかと思ったよ。もし事が悪い方向に進み続けるなら  私も全力で介入する必要があるんじゃないかと身構えてたんだ。」 神王様も、ずっと心配してくれていた。 僕が戦っている間、陰で支えていてくれた。 「……神王様、猫神様、本当に……ありがとうございます。」 今の僕には、それがとても嬉しくて。 僕は笑顔で、二人に感謝した。 -----