>「若い二人でお出かけを」 「う〜ん……」 鏡の前で唸る僕。 あの一件以来、特に体調が悪くなる事もないし、これといった変化はない。 ただ外見は大きく変わった。それは、髪と瞳。あ、耳は……人の方がいいかな。やっぱり。 「本当に真っ白だなぁ……」 あの時見た、あの子の髪の色。 真っ白な綺麗な髪……が、そのままこっちに影響してる。 全然印象違うよね、これって…… それに、瞳の色……僕の目は元々青かった。 あの子の目は赤だったから、それが混ざって紫になったのかな。 「どうした羽衣?」 「あ、いえ……ちょっと髪の色が気になって。」 「ああ……確かに。何かの影響か?」 「いや、多分違うと思います。僕と一つになった時に何かあったのかも。」 多分、これで問題になるような事にはならないと思うけど…… 「ふむ……まぁ、外見上の変化だけならまだいいな。だが、もしも体に何か変な事があったら、  その時はすぐに言ってくれ。何とか対処してみよう。」 「はい、ありがとうございます。」 咲耶様は心配してくれている。 嬉しいんだけど……咲耶様って、外見は殆ど気にしない人なのかな? まぁあの性格のせいなのかな……すっごい厳しい人だろうし…… 「羽〜衣〜ちゃん!」 「あ、幽羅さん?」 「む、そんな呼び方しなくてもいいのに〜。」 「いえ、ちょっと……あの、何か?」 幽羅さんは……なんと言うか、精霊なんだけどそんな感じがしないというか…… 「んとね、羽衣ちゃんの髪が白くなったから、何か別のお洋服でもあった方がいいかな〜って。」 「服ですか……」 僕が持っているのは、赤いドレスのような服と、戦う時に着る専用の服。 どちらも神界で貰った服で、それ以外は特になかった。 まぁ僕だって女の子だし、今度は今の自分にあった服が欲しいのもあるけど…… 「ねね、今からちょっと買いに行かない?」 「え?」 「新しいお洋服買いに!ねっ、行こう!」 「あわわ……」 引っ張られるような形で幽羅さんについていく。 ……幽羅さん、その格好のままで行くのかな。 やって来たのはエリアス王国街。 幽羅さん曰く、とってもいいお店があるんだとか。 「ここだよ〜!」 「うわぁ……大きいお店なんですね。」 「うん。かわいいのからかっこいいのまで、いろいろあるんだよ!」 随分と大きなお店だった。 ここは服以外にも何か売ってるみたいだけど…… 「……あ、でもお金は大丈夫なんですか?」 「そこはそれ、咲耶ちゃんが何とかしてくれるから。」 「……いいんですか?本当に……」 何だか心配になってきた……と言うか、咲耶様知ってるのかな……? 「あら、ゆーちゃんじゃない。今日は何を買いに来たの?」 「んとね〜、今日は私のじゃないんだ〜。」 「と言うと……そちらの子かしら?」 何だか凄い綺麗なお姉さんだ……ここのお店の人…… 「え?あ、はい。一応……幽羅さん、お知り合いですか?」 「んふふ〜、私は常連さんだからね〜。」 何というか、幽羅さんは精霊……にしては、この世界の事に馴染んでいると言うか。 咲耶様があんまり興味ないだけって可能性もあるけど。 「貴方、名前はなんていうの?」 「神楽火羽衣です。」 「羽衣ちゃんか……うん、わかった。それじゃあ、貴方にぴったりの服を探してみるわ。」 「お願いします。」 そう言って、その店員の人は店の奥の方に入っていった。 入ってみてわかったのは、やっぱりこのお店がとても大きい事。 「それにしても、大きいお店ですよね。」 「そうだね〜。何でも、世界一のファッションショップらしいよ。」 「確かにこれだけ大きければ……」 服、装飾品、化粧品その他諸々…… これだけあれば、世界一って言ってもおかしくないと思う。 「お待たせ〜。季節が季節だから、こんなのはどうかしら?」 「おぉ〜っ!かわいいなぁ〜。」 「今のその服が結構目立つから、こっちもそれなりに可愛らしいものを選んでみたわ。」 綺麗に折りたたまれた服を渡される。夏服かな? 「わぁ……試しに着てみてもいいですか?」 「もちろんよ。さ、こっちよ。」 更衣室に案内されて、僕は渡された服を着てみる事にした。 元がドレスだっただけに、この服は軽くて動きやすい。 まだ少し暑いし、丁度いいくらいかも。 「羽衣ちゃ〜ん、いいかな〜?」 「あ、はーい!」 さっくりと着替えを済ませて、カーテンを開く。 「うん、私の思った通りね。似合ってるわよ?」 「すっごく可愛いよ!」 「そ、そうですか……?」 上は薄手のシャツで、白をベースにワンポイントで胸に赤い花が描いてある。 下は短いジーンズで動きやすい。ベルトはちょっと派手な物。 「若さを生かしたライトカジュアル、なーんてね。」 「うんうん、元がドレスだから、こういうのもいいと思うよ!」 「あ……はい!」 「さて、これはお買い上げかしら?値段はそんなに高くないわよ。」 ふと、服についていた値札を見る。 あ、そんなに高くない。なら…… 「値段は〜……あ、ほんとだ。それじゃ買うよ〜!」 「ありがとね。それじゃあ、他にも見ていく?」 「羽衣ちゃん、どうする?」 うーん、あんまりお金を使うのは気になるけど…… こんな機会、あんまりなさそうだからなぁ…… ここはちょっと欲張ってみようかな。 「えと……いいですか?」 「もちろんだよ〜!」 何だかちょっと恥ずかしいけど、とりあえず他のお洋服も見る事にした。 いっぱいあるから、迷うなぁ…… 「ねぇねぇ、こういうのも似合うんじゃないかなぁ?」 「え?あ、い、いや……それはちょっと恥ずかしい、です……」 「んー、そうかなぁ……」 ……いやぁ、そんなに露出の多い服は誰だって恥ずかしくなると思います…… ----- >「家族だから」 「ふぅ〜、結構買ったね〜。」 「そうですね……咲耶様や雪乃さんに怒られませんか?」 「大丈夫。多分。」 「あはは……」 なんだかんだで、結構沢山買っていた。 紙袋の中は服とアクセサリーが殆ど。それにしても、こんなに買って大丈夫かなぁ。 「でも、咲耶ちゃんも雪乃ちゃんも結構服あるから、これぐらい買ってもいいと思うよ。」 「幽羅さんも服は多いんですか?」 「うん。それなりにあるよ〜。」 雪乃さんは分かるけど、咲耶様はどうなんだろう…… 他の服を着ている所、ちょっと見てみたいかも。 「そうなんですか……わざわざありがとうございます。」 「ううん、いいんだよ。それに……羽衣ちゃんは私達の家族だもん!」 「あ……はいっ。」 家族って言葉を聞いて、すごく、心が温まる感じがした。 本当のお父さんとお母さんはもういないけど……でも、今は新しい家族がいる。 幽羅さんの言葉で、それを改めて実感できた。 僕はもう一人じゃないんだ。 「ただいま〜!」 「ただいま戻りました。」 「あ、おかえりなさい。随分と買ってきましたね?」 大荷物を見て、雪乃さんはちょっと苦笑い。 ……本当に大丈夫なのかなぁ。 「えへへ……でもいいでしょ?」 「ええ。咲耶様も、もうご存知みたいですよ。」 流石は咲耶様。もうお見通しだったのかぁ…… あれ?でも咲耶様は何処にいるんだろう? 「あれ?咲耶ちゃんは?」 「依頼が入ったようで、依頼主さんの所に行ってますよ。」 「そっかぁ。それじゃ羽衣ちゃん、一緒にお部屋の整理しよっか。」 「はい、わかりました。」 そういえば、まだちゃんと部屋の整理はしてなかったっけ。 僕が住む時に大雑把にはやったけど……細かい所まではやってなかったなぁ…… 「私も手伝いますよ。ちょうど今は暇なので。」 「ありがと〜!」 こうして、三人で僕の部屋を整理する事になった。 やっぱり、こういう生活がいいなぁ…… 「ふむ、エルパ湾から出ればいいのだな?」 「おうよ。だがうちんとこの船員が、その海域に昼行ったんだが……同じ船でも雰囲気が  全然違うんだとよ。話によりゃぁ、普通よりちょっと豪華な武具を売ってるらしい。」 エリアスのとある酒場。依頼は、夜間、エルパ湾から先にある海域に現れる幽霊船の探査。 ……やはり何か異変に関連性があるんだろうか。 「成る程な……やはり、ここ最近の異変に噛んでいると思うか?」 「だろうな。ま、武人咲耶に敵無しだろう?頼むぜ。」 「わかった。船と少し船員を借りるがそれで構わないな?」 「おうっ!任せておけ!」 現段階での被害は船一隻がかなりの損傷を受けた程度で、まだ死人は出ていない。 そこで、被害が拡大する前に根本的に叩く作戦に出る。 今回は海上戦、何が起こるかわからない。あまり下手な事は出来ない…… 「では、当日は頼んだぞ。」 そう言い残し、落ち合った場所を去る。 少しずつではあるが……今この世界に近づく『何か』がどういうものか。 それが形を見せ始めている……そんな気がする。 結構長く話していたせいか、家に戻ったのは夜だった。 「今戻った。」 「あ、おかえりなさい。」 「幽羅と羽衣はどうした?」 「今羽衣さんの部屋でお洋服の整理をしてますよ。」 ……色々買ってきたようだな。まぁ、資金的にはまだ余裕がある。 たまにはいいだろう。 「そうか……ああ、依頼に関しての情報は得た。後で詳しく話そう。」 「わかりました。」 今回は大型の依頼だ。当日まではまだ若干の時間がある。 その間に、小さな依頼を少しこなしておかなくてはな。 「ふむ、中々似合ってるではないか。」 「えへへ〜、そうでしょ〜?」 「咲耶様に言われると……ちょっと、恥ずかしいです。」 「ふむ、そうか?まぁ、普段の衣装からすればよいと思うが。」 夜、羽衣の新しい服の小さなお披露目会が行われた。 他にもいくつかの服装もあり、その全てが似合っていた。 「ふふっ、よかったな羽衣。身近にこういう存在がいると言うのはいい事だろう?」 「はいっ!」 良い笑顔だ。以前とは全く違う。 「我らは家族だ。何も気負う事は無いさ。さて、お披露目は全て終わったし、食事にしようか。」 「は〜い!」 「それじゃあ、用意してきますね。」 雪乃が台所に行き、幽羅と羽衣は席に着く。 元々テーブルは大きい。そして、今までは三人が座っていた。だがこれからは、四人だ。 こんな平穏な日々が、もっと長く続けばいいのだがな…… ----- >「戦いを前に」 「……まさか、ここまで攻められるとはな。」 「神界の警備って、そんなに強くないんだよねぇ……」 「暢気な事を言っている場合か!早く逃げるぞ!!」 一体何を考えている!?こんな時期に襲撃とは……!! もはや、我々に出来る事は逃げる事だけだった。 護衛はいない。逃げる我と神王。肉体を持ったが故に、感覚が違う。 「全く……何を考えているのか。」 「いやぁ、流石の私も予想外だったよ。」 「……御主と言う奴は……っ!」 こんな状況にも関わらず余裕があるな、こやつは…… とにかく、今は少しでも遠くへ逃げなくては……!! 「はぁ……」 時々このような夢を見るのは、何かの暗示なのだろうかと思ってしまう。 だが、気にしている暇も無いのが現状だ。 今は、やるべき事を果たさなくてはならない…… あれから数日、いよいよその日が来た。 館を出たのは夕方過ぎ。船を出すのは夜だ。 「海上の戦いとなると、厳しい部分もいくつか有りますね……」 「うむ。特に狭い通路等では動きが制限されるだろう。」 転移装置の近くにある喫茶店で、我々は最後の調整を行っていた。 雪乃は狭い場所での弓の立ち回りが気になっているようだった。 「雪乃は確か、護身用のナイフを持っていたな?」 「ええ、一応は……」 「ならば、可能な限りそれで対処した方がいいかもしれん。」 「わかりました。何とかやってみます。」 雪乃もそうだが、もう一つ気がかりな事がある。 「羽衣も、槍を扱うのは広い場所だけにしておいた方がいいだろう。」 「それじゃあ、魔法中心って感じですか?」 「ああ、そうだな。」 あの一件以来、羽衣の能力は伸びてきている。 槍の技術もそうだが、同時に炎魔法も成長している。 「我と幽羅は可能な限り前に出て戦おう。いいな、幽羅。」 「うん、わかった!」 「よし……そろそろ時間だな。向かうとしよう。」 目指すはエルパ海上、謎の幽霊船……一体、誰がそれを操っているのか。 そしてそれがこの世界に迫るそれに関わっているのなら、確実に叩く必要がある。 最後の身支度を済ませ、転移装置でエルパへと飛んだ。 ----- >「幽霊船撃退戦」 夜のエルパ湾…… 乗り込む船は、一般的な船とは違い戦闘に耐えうる船だった。 あらゆる部分に戦いのための施しがしてある。 そして、乗り込む船員も屈強な者ばかりであった。 「こちらは何時でも出られますよ!どうします?」 「船を出してくれ。早急に決着をつけよう。」 「了解っ!出航するぞー!!」 威勢のいい船長の掛け声と共に船が動き出す。 空は漆黒。そしてその中に白い星と金色の月が輝いていた。 目指すは幽霊船だ。 「……嫌な風だな。」 湿った海風の中に、嫌な気配が混ざっている。 ……確実に、幽霊船は現れるだろう。 まだその姿は見えない。だが時間が経つに連れ気配は強まる。 やがて空が暗くなっていく。月も隠れてしまった。 「お〜い!おいでなすったぞ〜!」 船員の一人が叫ぶ。前を見れば、暗い中に青白い物が見えた。 近づくに連れ、それは形を見せていく。 ……間違いなく、船。我々が乗り込む場所だ。 「あれか……」 「咲耶ちゃん!こっちは大丈夫だよ!」 船室から出てきた幽羅。後から雪乃と羽衣が続いた。 全員、何時でも戦える状態だった。 「よし……船を横に!一気にケリを付けるぞ!!」 船員達の声と共に、完全にその姿を見せた幽霊船の横に船をつけ、橋を渡した。 「この船は俺達が守ります!そちらは少数で船長を叩いてください!」 「わかった!よし、行くぞっ!!」 我々は四人だけで船に乗り込んだ。 既に甲板には多くの魔物が現れていた。 「雑魚に用は無いっ!」 「そ、それにしても数が多いですっ!?」 羽衣が苦戦しているようで、我はその援護に入る事にした。 まだ広い甲板とはいえ、武器と魔法を同時に駆使するのは難しい。 ましてや明かりが殆ど無いため、距離を掴みにくい。 「ああもうっ、これでどうだっ!」 「咲耶様、ここは一気に抜けていった方が!」 幽羅は風魔法との連携で、一気に敵を吹き飛ばしていく。 雪乃はそれを後ろから援護していた。 戦力は十分だが、ここで時間をとっても意味はない。 「わかった!突入するぞ!」 邪魔な敵を一掃し、一気に船の内部へと飛び込んでいく。 予想通り、船の中は狭かった。 「雪乃、羽衣!武器の扱いには気をつけろ!」 「わかりました!」 「はいっ!」 やはり敵は多い。だが、我らの敵ではない! 「さぁ、来るが良い!!」 向かう敵は全て倒し、先へと進む。 予想以上に広い部分もあったが……油断は出来ない。 時間を掛ける事も出来ない、急がねば! ----- >「千里眼」 「予想以上に複雑な構造のようだな……」 「気配だけでは、中々近づけませんね……」 殆どの敵は倒したとは思う。 だが、我や雪乃が気配を探っても、親玉と思われる気配を掴む事が出来ない。 元々ここにいないのか、あるいは完全に気配を消しているのか…… 甲板や、船の状態が気になってしまう。 「……見えた……」 「む?どうした羽衣。」 「あ、いや、多分ですけど……敵の親玉の場所がわかったんです。」 突然の事、それも羽衣が。少々驚いたが、今はその言葉を信じる事にした。 「本当か?大まかな場所がわかるだけでも十分だ、案内してくれ。」 「はい。」 羽衣が先頭に立ち、船内を走る。 奥に進むにつれ、何か別の気配が大きくなっていた。 「羽衣、どうやら当たりの様だ……よくわかったな。」 「なんとなく、何ですけどね……」 「それでもだ。さて、気は抜くなよ。」 「はいっ!」 少し目立つ扉。我はそれを蹴破った。 そこは他の部屋とは広さも空気も異なっていた。 そして、その奥にいた男…… 「ふん、予想以上に早かったな。」 「貴様か、この船の船長は。」 「ああそうだ。せっかくのいい月の日に、こんな邪魔をされるのは不愉快だ。」 「我の知った事か。貴様には二度と月を拝ませはせん!」 やはり奴が船長だった。 いかにもそれらしい風貌、だがそれでいて人とは明らかに違う空気。 いや、この独特の空気は……不死者か?だとすると、少々厄介だ。 「はははっ!桜木の大精霊でも、この俺を倒すなんぞできまい!」 「ああ、そうだな。少なくとも、我一人では梃子摺る相手だろう。だが……」 我は後ろを見る。我一人では敵わずとも、我には仲間がいる。 そして、不死者を完全に消滅させる手立ても存在する。 「我ら四人の力で、貴様を葬り去る!」 「ほほう、ならば来い!みなまとめて餌にしてくれる!!」 ここが正念場、負けるわけには行かない。 我らの力、ここで見せる!! ----- >「焔の槍」 かなり広い部屋で、雪乃と羽衣は下がってでも戦う事が出来た。 この点は好都合なのだが、問題もあった。 「わわっ!?後ろから!?」 「羽衣様、気をつけて!」 「ええいっ!邪魔っ!」 ありとあらゆる方向から現れる魔物達。 船長に直接攻撃を加える事が出来なかった。 「どうした、俺を葬るんじゃ無かったのか?」 「ふん、大した余裕だな?だがっ!」 床を蹴り、一気に間合いを詰める。 「雪乃!」 「はいっ!!」 と、同時に上から大量の氷の矢が降り注ぐ。 雪乃がいる場所とはかなりの距離があるが、十分な火力があった。 「何っ!?」 「貰ったっ!」 そのまま滑り込み、相手の足に突っ込む。 そして転倒しかけた所に、追撃でそのまま蹴り上げた。 「むぐっ!?」 「まだまだいくよっ!そぉれっ!!」 そこの幽羅の風魔法による追撃が入る。 完全に奴は無防備に浮き上がった状態だった。 「うおぉぉぉぉっ!!」 「き、貴様っ!」 「これで……沈め!!」 最後に奴の顔面目掛け踵落としを食らわせた。 落下した奴はそのまま頭から床にめり込んでいた。 「……まだやる気なのか。」 「ふ……ははは……」 しかし奴は穴から這い出していた。しぶとい奴だ…… よく見ると体中に付いた傷が徐々に治っている。 「俺は死なない……この程度の攻撃ではな!」 「……全く、面倒な相手だ。」 「……ふふっ、そんな奴、僕の炎で灰にしてあげる……」 その言葉で一瞬背筋が凍り付いた。どうやら他二名も同じらしい。 ……ちょっと突然過ぎやしないか?この邪気は…… 「う、羽衣……至って正論なのだが何故そんな邪気を……?」 「え?……あ、ご、ごめんなさいっ!なんだか、意識しない内に……」 「……まぁいい、後で聞こう。それよりも……」 こいつを何とかしなければ……もうこれ以上時間は掛けられない。 止めを刺すには今しかない! 「羽衣!ここは任せるぞ!!」 「は、はいっ!!」 奴の動きを封じ込めるため、我は魔力を解放する。 「羽衣、構えておけ!これを葬るために!」 「な、何!?貴様まさか……!!」 「ふん、貴様とて完全に燃え尽きてしまえば何も出来まい?」 不死者には炎の制裁を……確か、アルフォードがそんな事を言っていた。 実際の所、これが一番確実だ。 「や、やめろ!!」 「お願い……僕に力を貸して……!!」 羽衣は武器を再度具現化させようとしていた。 凄まじい魔力。羽衣にはこれほどの力が……? 「……焔槍、紅蓮……僕の前にその姿を現せっ!!」 次の瞬間、羽衣の周囲が炎に包まれた。 凄まじい熱気……だが、その中に僅かに感じられる、あの時の気配…… だが、それ以上に羽衣自身の強い思いが感じられた。 「これがっ!僕のっ!新しい力だっ!!」 「その槍は、あの時の……」 そう、あの槍……羽衣と戦った時に持っていた槍に似ている…… だが、そこに邪気は感じられなかった。 「下がって!……全て……貫く!てやぁぁぁぁぁっ!!」 炎を纏った羽衣は、そのまま奴へ突進した。 そして、丁度這い出した奴の胸を貫いた。 「ぐおあぁぁぁぁっ!?」 「……滅!!」 直後、その胸元で爆発が起こった。 奴の身体は燃えながら粉々に吹き飛んでいた。 ……床は黒く焦げ、大穴が出来ていた。 「うっ……」 「わわわっ、雪乃ちゃん、大丈夫?」 雪乃が少し体勢を崩す……熱か? 「大丈夫です……ちょっと、急にでしたけど……」 「あ……ご、ごめんなさいっ!」 「……ああ、熱量が多かったせいか……」 意外な所に影響があったようだ……だが、とにかく決着は付いた。 「さぁ、急いで離脱するぞ!」 もうこの船に用はない。 我々は急ぎ元の船に戻る事にした、が…… ----- >「焔の翼」 「なっ!?」 突如として船が激しく揺れた。 思わず体勢を崩してしまう。 「ちっ……道連れにするつもりか!」 「さ、咲耶様!あれを!!」 雪乃が指差したあたりはすでに浸水し始めていた。 かなりの速さだ…… 「く……ここから脱出するのには時間がかかる……」 「天井に大穴空けて飛んで戻れないかな!?」 「幽羅一人で二人を運ぶのは難しいだろう!」 「うぅ〜……」 過去に似たような事態になった際、建物の天井を突き破り逃げた、と言う事があった。 だがしかしそれは幽羅が雪乃を運び、我は能力を使って飛んだ時。 今は羽衣がいる……どうする? 我の術は単独で飛ぶ事を前提としている上、それほど速く飛ぶ事ができない…… 「待って下さい!僕なら、何とか……!」 「何?」 と、すでに羽衣は術式を展開していた。 「いきます!下がって!!」 羽衣と距離を置き、その術が発動した。 爆風……激しい炎が舞い上がり、船の天井を貫いた。 僅かだが月明かりがそこから差し込む。 と、羽衣の姿を改めて見るとその背中に炎で作られた翼がついていた。 「咲耶様!早く!!」 「……助かる!」 我は羽衣に捕まり、雪乃は幽羅に捕まった。 かなりの速さで沈む船……だが我々の速度はそれを上回っていた。 「船が……!!」 「……間一髪だったな……」 脱出直後、一気に船は海へと飲み込まれていった。 もう少し遅れていたら、間違いなく巻き込まれていただろう…… 「はっ……船員は無事か!?」 空から様子を伺う。どうやら我々の乗った船は無事のようだ。 こちらに気づいたのか、船員達が手を振っている。 そのままふわりと船に着地した。 「怪我人は?」 「掠り傷が何人かいる程度ですよ!なんら問題ありません!」 「そうか……よかった。」 どうやらこちらの船の被害は殆どなかったようだ。 損傷も見当たらない。 「よし、帰ろう。これでこの海の一件も収まるはずだ。」 「了解っ!」 そして船はエルパ湾へと戻る。 ふと、空を見上げればそこには美しく輝く月と星達。 昂った心を落ち着かせてくれる…… 「また……繰り返さなければいいのだが……」 そう、こんな時が、前にも…… ----- >「光輝く夜の空」 「はぁ……はぁ……」 血に染まった手を見る。 我を囲んでいる物は、我の手によって引き裂かれた魔物。 血の臭いで気分が悪い。 あれは本当に我だったのだろうか? いや、違う。これは……今の我ではない。 これはまるで……あの時の…… 「……まだ……断ち切れていないのか……?」 ふと空を見上げる。夜空に輝く月、星……美しい夜空。 心が落ち着いていく…… 「……戻らなくては。」 術で血を浄化する。これを行わないと、この地に影響が残ったままになってしまう。 一通り終え、我はその場を立ち去った。 「……ふぅ……」 「咲耶様、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ……?」 心配そうな表情で雪乃が尋ねた。 ……表情に出ていたか。 「雪乃……大丈夫だ。少し力を使いすぎただけだ。」 「そうですか……無理はしないでくださいね。」 「ああ……」 一人で戦う時、我は我を忘れる。 よく誰かに、お前は本当にただの精霊なのか?と言われる事も多かった。 ……我自身、時々自分の存在が疑問に思う事もある。 だが……今は、違うと信じている。 我には仲間がいる。もう一人ではないのだ…… こうして、海の脅威を撃退した我らは館に戻った。 流石に疲れたのか、幽羅と羽衣はすぐに眠ってしまったようだ。 まぁ、あの術は消耗も激しい……羽衣もきっとそうだろう……だが、助かった。 「咲耶様……」 「雪乃?どうした?」 「いえ……あの時の咲耶様、普段とはとても違いましたから……」 「そうだったか?……いや、そうかもしれないな。」 雪乃は我の事をよく知っている。 こちらに来てからだと、幽羅よりも長い間共に過ごしている…… だから我の変化を見逃さなかったのだろう。 「……時々、昔の事を思い出すのだ。あまりいい思い出はないのだがな。」 「そうなんですか……」 「まだ雪乃にも会う前の事だ……想像もできぬだろうな、今までの我だけしか見ていないのなら……」 ……雪乃と出会った事により我の心は落ち着いた…… それほど、あの頃の我は今とは異なる。 「……さぁ、今日はもう寝よう。今は休むべきだ……」 「……はい。」 あまり話す気にはなれなかった。 どうも今日は妙な気分だ。我らしくない……