>「羽衣」 「よし、それじゃあ出るぞ。戸締りはいいな?」 「はい、大丈夫です。」 「久しぶりだねぇ、こうやってみんなでお出かけするの。」 「……そうだな。」 今日は珍しく私服。 普段の服装でもいいのだが、休日に戦士として依頼されるのはあまり好ましくない。 雪乃も普段の巫女服とは違う、すっきりした服装だ。 ……変わりがないのは幽羅で、幽羅はあの格好で普通に通ってしまっている。 ……何故かはわからないが。 「それにしても……咲耶ちゃんのそれ、派手だよね。」 「……言うな。これしかなかったのだ……」 ……どうも我の服はかなり派手だ。まぁ、たまたま合うのがこれしかなかったためではあるが…… 正直、恥ずかしい。 「ま、まぁいいだろう。とにかく行くぞ?」 「はぁい!」 「はい。」 エリアス王国街へ向かう。 普段は戦士として向かう場所だが、今日は違う。 ……久々だな……こうして、ゆっくり出来るのも。 街は何時も人が多い。中心都市にして最大規模の王国、エリアス。 我も最初に見た時は驚いたものだ。 「やっぱり人が多いですね……」 「ほんとだね〜。」 「こうも人が多いと、何が何だかわからんな。」 混み合う場所を避けながら、幽羅お気に入りの喫茶店へ向かう。 ……いつの間に見つけたのやら。まぁ、話は何度か聞いているし、興味はあった。 「おっと。」 向かっている途中、誰かとぶつかった。が、その気配が人間の物ではなかった。 「はうぁ!?わわわ、ご、ごめんなさ……い!?」 「……ほほう、珍しいな。こんな所に神族がいるとはな?」 そう、この感覚は……奴と同じ、神族の物だ。 まさか、こんな所で神族と会う事になるとは。 「ふぇ!?あの、えと、その……」 「咲耶様?」 「咲耶ちゃん?」 突然の事に、ぶつかった少女は縮こまってしまった。 その少女は赤いドレスを簡素にした服を着ている。 そしてその目は青く、澄んでいた。 耳は……猫の、耳?これは…… しかし、ここで話を聞くのも難だな…… 「幽羅、店まではあとどれくらいだ?」 「え?もうすぐだけど……」 「わかった。少々、彼女と話がしたい。」 突然の事に驚いていた雪乃と幽羅であったが、一応は理解してくれたようだ。 我はその少女の手を引き、店へと向かう事にした。 「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」 「四人だ。」 「かしこまりました。どうぞこちらへ……」 その喫茶店はかなり落ち着いた感じで、我が想像していたものとは違っていた。 幽羅にしては珍しいと、正直思った。 奥の方の席に座る。我はその少女と向かう合う形になった。 「御主、名前は?」 「は、はいっ!羽衣と申しますっ!」 「……うい……か。どうしてここに?」 「え、えと……ごめんなさい、これは……その……」 羽衣は俯いてしまった。言えない理由でもあるのだろう…… 「いや、無理に言う必要はない。それと、もっと楽にしていいぞ?」 「い、いえ、そんな事はっ、大精霊様の前で……」 「やれやれ……今の我は、桜木の大精霊としてではなく、一人の人間として動いているのだ。」 「そ、そうなのですか……」 羽衣はかなり緊張しているようだった。まぁ、無理もない。 神界でも、我の名はそれなりに通っている。 ましては彼女は下位に当たる。こうなってしまうのもわかる気がする。 「ねね、羽衣ちゃんは何か、動物の生まれ変わりとか?」 「いえ、僕は元は人間だったんですけど……ちょっと、いろいろあって。」 「ふ〜ん、そうなんだ。」 気になっていたのはその耳であった。 猫の耳……これは神族であれば大抵は人以外から生まれた場合に、 その動物固有の特徴が出る事が多いと聞く。 「それでは、羽衣様は神界の一般区域でお勤めを?」 「一応はそうです。」 「なるほど……」 まぁ、我も詳しくは神界については分からないが。 ただ珍しいのは、単独でこうやって動いている事だ。 まぁ理由は様々であろうがな…… 「それで、羽衣はこの後行く場所でもあるのか?」 「はい、一応……神族になってからも、ずっと気になっている場所があって。」 「ふむ……そうか。」 その後、羽衣の話を聞いたりして、神界の情勢や、生活などを聞く事が出来た。 何かと忙しい仕事内容、上下関係等……あっという間に時間は過ぎていった。 「……む、もうこんな時間か。早いものだな。」 「あ……それじゃあ、僕はこれで。」 「うむ、今日はすまないな、突然こんな事になってしまって。」 他に用事もあったかもしれない……少々、悪い事をしてしまったか。 「い、いえっ!咲耶様とお話が出来てとても嬉しいです!」 「ふふっ、我も楽しかったぞ?」 「はいっ!ありがとうございました!」 店を出て、羽衣を見送る。羽衣は最後に、 「また、何処かでお会い出来たらいいですね!」 と言い残してくれた。 「ねね、咲耶ちゃん。」 「ん、何だ?」 「羽衣ちゃん、そのまま行っちゃったけど、何処か寝るとことかあるのかな?」 「一応旅をしているようでしたけど、どうなんでしょうか?」 「さぁな……だが、何も考えがないわけではないだろう?」 帰り際も、話題は羽衣の事だった。 人に紛れ活動している……感づかれる事もなく。 「……しかし、少々心配でもあるな。戦いには不慣れな感じがする。」 「あ、咲耶様もそう思いましたか。」 「うむ……戦いには向いていないようだが、まぁ最低限の護身術程度は覚えているだろう。」 神族とてこの世界にいる時は人間と同じだ。 それを解っていて来ているのだろうが…… 「まぁ、我々が気にしていても仕方ない。時間も時間だ、少し急ごうか。」 「分かりました。」 「はぁ〜い!」 ……何だか、彼女とはまた近い内に会いそうな気がするな。 その時には、少し戦いについても教えておいた方がいいかもしれん…… ----- >「夢の中の過去」 「…さ………咲……ま………」 「ん、んん……」 「咲耶様、起きて下さい!神王様がお呼びですよ!」 「……ああ、そうだったな……」 深い眠りから呼び起こされた。 神王直々の呼び出し。我に、何の用があるというのだ? 現に、今も状況がいいとはいえない。 「すぐに向かう。門は開けるか?」 「はい、直ぐに。」 「頼む。」 神界への門は我の力でも開く事が出来るが、消耗が激しい。 こういう事は、こやつの専門だ。 「……開きます!お気をつけて!」 「ああ。」 開かれた神界への門。足取りは重かった…… 「珍しいね?咲耶ちゃんが昔の夢を見るなんて。」 「ああ……前にも何度かあったが、ここまで鮮明なのは初めてだ……」 羽衣に会ったその夜、我は夢を見た。 あれは、間違いなくあの頃の……まだ若い頃だったな。 ……懐かしい物だ。 「精霊でも、肉体を持てば夢を見るのですね。」 「うむ。精霊体のままでは、夢というよりはただ漠然と記憶を辿るような、その程度でしかない。」 「私も、体を持ってからはちょっとだけ夢を見たよ。咲耶ちゃんみたいにはっきりとはしてないけど……」 神族に会ったせいなのかは判らないが、妙に鮮明だった。 「ねぇねぇ、それはそうとして……咲耶ちゃん、まだ仕事は取ってないよね?」 「ああ、ここ最近は働き詰めだったから、暫くは休みを取る事にするよ。」 「それなら……海に行こうよ!」 「海、か……悪くないな。」 そう、今は夏。館があるこの場所はそれ程でもないが、実際昨日の街の中は暑かった。 度々、海を見た事はあったが……肉体を持って実際に入った事はない。 「雪乃、大丈夫か?暑い所は苦手だろう?」 「いえいえ、大丈夫ですよ。ただちょっと、それなりの準備も欲しいですが……」 雪乃の体質上、暑い所は苦手だが……準備さえすれば大丈夫なのは、人である部分故か。 「パラソルとか用意したほうがいいよね?」 「ええ、そうですね……お願いしてもいいでしょうか?」 「うむ、わかった。それでは、休みの内に気が向いた時にでも行くとしよう。」 「やった〜!海だ海だ〜!」 「ふふっ……」 やはり、休日は楽しまなくては。 実際の所……海に関しては、我も楽しみだ。 ----- >「蒼い海」 夏といえば海……と言うが、まだ我は入った事がない。 丁度よく休暇を取っている。この機会を逃す事はないだろう。 何しろ、幽羅がいるからな。用意周到と言うべきか…… 「……それで、我にこれを着ろと?」 「うん。」 「……本気か?」 「本気だよ。」 「……勘弁してくれないか……」 で、こんな露出の多い水着を着ろと言うのだから。 ……確かに、見回せば似たような水着を着ている人間はいる。 だが、我がこんな……胸を強調した、桜の色をした水着を…… 下に至ってはもうなんと言うか……これは、大丈夫なのか? 顔が熱くなるのを感じる。 「えぇ〜?すっごく似合うと思うのにぃ。」 「い、いやな……わ、我も恥ずかしさはあるのだぞ?」 幾らなんでも、これは……恥ずかしい。 元々我自身、露出の多い格好は好まない。水着だから仕方ないのかもしれないが、これは…… 「でも、水着これしかないよ?」 「……む、むぅ……」 「折角ですし、ここは一つ勝負してみてはいかがでしょうか?」 「……雪乃、何か勘違いしてないか?」 ……ま、まぁ、せっかくの機会を逃すのはもったいないな。 ここは一つ、覚悟を決めて着替えてくるしかないか…… 「……なぁ、幽羅。」 「なぁに?」 「先程から男共の視線が凄まじいのだが。」 「うーん……まぁ、確かに。でも海に入っちゃえば大丈夫だよ!」 「その根拠が何処から来ているが知りたいがまあいい。」 そう、男共の視線。胸なんだか股なんだかは知らんが。 まぁ……あれが男の性、とでも言うのだろうか。 そのせいで余計に恥ずかしい思いをしている。 「わぁ……おっきいなぁ……」 「本当だな……やはり、こうして身をもって体験するのが一番だな。」 そんな恥ずかしさも、この海の広大さからすればほんの些細な事だろう。 見渡す限り広がる蒼い世界。空の青とはまた違う、深い群青の世界。 波打ち際。足が海の方へと吸い寄せられるような、不思議な感覚。 これが、全ての母となる海。身をもって感じる奇跡。 「えいっ!」 「ぬあっ!?」 が、そんな感覚も幽羅の悪戯で途切れてしまった。 水を掛けられ、ひんやりとした感覚が急に襲ってきたのだ。 「幽羅!お前という奴は!」 「えっへへ〜、だって咲耶ちゃん、ぼーっとしてるんだもん!」 「こ、このっ!」 「きゃっ!?」 お返しとばかりに思いっきり水を掛けてやった。 頭に掛かったのか、髪型が変わってしまっている。 「やったなぁ〜!そぉれ!」 「何をっ!てやっ!」 それから暫く、我と幽羅は少々激しい水の掛け合いをしていた。 ……まるで普段の我から解放されたような、そんな気分だった。 「雪乃ちゃんも入れればいいのにね〜。」 「そうですね……でも、私はそこまで体が強くないので……」 「まぁ、確かにな。今は日陰にいるからいいが、この日差しを直接は辛いだろう。」 雪乃は適当な場所を取り、パラソルの下で海を眺めていた。 種族が種族であるがゆえに仕方ない事だろうが…… 「つまらないんじゃない?」 「いえ、いいんです。こうしてゆっくりと海を眺められるだけでも、十分ですから……」 「そっかぁ〜。」 まぁ、雪乃なりの楽しみ方があるのだろう。 それに、無理をして倒れられても困る。 「ね、カキ氷食べようよ!私一度こういう所で食べてみたかったんだ〜!」 「ふむ、それもいいな。適当な売店で買うとしよう。」 その後はカキ氷を食べて少し頭を痛くしてみたり、 丁度開催されていたビーチバレー大会を見たりしていた。 ……なるほど、こういう競技も中々面白そうだ。 あっという間に時間は過ぎていっていた。 ……人で言う所の童心に帰るとは、恐らくはこの事なのだろうな。 ----- >「夕焼けに融ける記憶」 結局、海にはかなり長い時間いる事になり、見れば海水浴客がそれなりに減っていた。 我々も荷物を片付け始めていた、そんな時の事。 「ん……?」 少し遠くの方、客のいない場所に、見覚えのある服装の少女がいた。 「……羽衣か?」 だが、あの時見た羽衣とは印象が違った。 海を見つめるその目は、まるで世界全てを見ているかのように、遠い目をしていた。 「……雪乃、幽羅。すまないが片付けを済ませておいてくれないか?少し用が出来た。」 「用、ですか?」 「ああ、少々、な。」 二人は不思議そうな顔をしていたが、我の目線の先にある人物に気づいたのか、 一つ頷いてそのまま片付けに戻った。 「羽衣、こんな所で何をしている?」 「ひゃっ!?さ、咲耶様っ!?」 突然声を掛けられたせいか、かなり驚かせてしまったようだ。 「ど、どうしてここに?」 「ああ、休みを取って海水浴に来たのだ。まぁ、もう帰る所だがな。」 「そ、そうなんですか……」 羽衣はかなり驚いているようだった。まぁ、普通なら有り得ないからな…… 「意外か?」 「い、いえ……上位神族の方々も、この海に来る事が多いそうですし……」 「ほほう、そうなのか。それで、羽衣は何の用で来たのだ?」 「……昔、まだ人間だった頃に教えてもらったんです。この場所を……」 そう言うと、羽衣は空へと視線を向けた。 「僕に、この世界を教えてくれた人です。元々僕はこの大陸の人間ではないですから……」 「……ふむ。」 「多くの世界を旅していて、色々な事を僕に教えてくれました。ずっと前の事ですけど……」 空は少しずつ、赤く染まっていく。夕焼けの空は、普段見る青い空とは違う表情を見せている。 「……ここに来た理由は、特に無いんです。ただ、海が見たかった……それだけなんです。」 「そうか……」 また視線を海に戻す。夕暮れの光で、海は輝いていた。 蒼い海から、紅の海へ。過去を思い出させる、追憶の海。 ……と、不意に何かが頭を過ぎった。 「羽衣、その旅人がどんな格好をしていたか、覚えているか?」 「え?格好、ですか。」 「ああ。」 そう、その旅人の事だ。もしもこの後羽衣が言う事と、我の思う事が一致すれば…… 「えっと、赤くて派手な模様が描いてあるバンダナに、灰色のマント……」 「本当にそうなのか?」 「え、ええ、そうですけど……もしかして、咲耶様、ご存知で?」 見事に一致した。間違いない。羽衣が会った旅人…… それは、我々が今住んでいる館の元主人だ。 「ああ、そうか……羽衣、もしかしてお主はその旅人の事を調べにこちらに来たのか?」 「……半分はそうです。もう半分は……これは流石に、言えません……」 「いや、十分だ。羽衣、この後我が館に来るがよい。探している物が見つかるかもしれん。」 「え、ええっ!?そ、そんな咲耶様……!?」 偶然の一致……恐らく、羽衣が探しているであろう物もあるだろう。 我は半ば強引に羽衣を引っ張る形で、雪乃と幽羅がいる場所へと向かった。 「二人とも、今日は羽衣を館に招待する。それでいいな?」 「え?大丈夫ですけど……どうしたんですか?急に。」 「どうやら羽衣の探している物が館にあるのかもしれないのだ。」 突然ではあるが、羽衣の為だ。これで、何かを掴めればいいのだが…… 「へぇ〜、そうなんだ。ね、それだったら泊まっていかない?」 「ふむ、それもいいな。この調子だと、宿を取っているようにも思えんからな。」 「う……あ、あはは〜……」 羽衣は苦笑していた。どうやら図星らしい。 「決まりだな。それじゃあ、今日の所は引き上げるとしようか。」 「はい。」 「は〜い!」 今日は何かと、いい意味で忙しい一日だ。 まだもう少し続きそうな気がするが…… 「ところで……咲耶様。」 「ん、何だ羽衣?」 「い、いえ……その水着……とても、綺麗で……と言うか妖艶で……」 「ぶっ!?」 ……思わず噴出してしまった。 まさか羽衣の口から妖艶という単語が出てくるとは、全くの予想外だった。 「……よ、妖艶とはまた……とんでもない単語が出てきたな……」 「でも咲耶ちゃんがその気になれば、男の人から精気を奪う事だってできむぐぅ!?」 先を言おうとした幽羅の口を塞ぐ。 幾らなんでも……それはやってはいけない事だ。不可能ではないのが我ながら怖いのだがな…… 「ば、馬鹿な事を言うなっ!!」 「咲耶様……僕、なんと言っていいか……」 「ち、違うぞ!断じて違うからなっ!!」 こんな所で誤解されるのは困るぞ……妙な事になるかもしれん…… 「やっぱりその水着はぴったりですよ、咲耶様。」 「雪乃……はぁ……」 微笑みながら雪乃が言う。 ……本当に、色々と忙しい一日だ…… ----- >「封印されていたはずの物」 「ほえ〜……」 「館の割には小さい方だが、いい館だろう?」 「こんな所に住んでいたんですね……凄いです。」 この館は、数年前にこの館の元所有主の友人から譲り受けた館だ。 少々交渉に手間取ったが、今はすっかり落ち着いている。 「神界には、これぐらいの大きさの館は無かったのか?」 「僕が住んでいる場所の近くにはありませんでしたよ。これは凄いなぁ……」 「さぁ、立ち話もなんだ。中に入ってゆっくり話をしよう。」 「あ、はい!」 「中も立派なんですね。」 「話によれば、どうやら昔のままの状態でそのまま残っているらしい。遺留品もそのままだ。」 「そうなんですか?それじゃあ咲耶様の言っていたのは……」 「こっちの部屋だ。」 案内したのは元の主人の書斎兼寝室。 我も何度か入った事がある部屋。 中は明かりをつけても暗く、少し埃っぽい場所だ。 「ここが……あ!」 そして真っ先に目に付くのが、壁に飾られた赤いバンダナと、灰色のマント。 我も最初はこの二つが一体何を意味するのかわからなかった。 が、その主人の日記を読んで行く内に、彼がどのような人物だったのか、 多少なりとも理解したつもりではいる。 「これ……間違いない、僕があの時見た……!」 「やはり、ここに来て正解だったようだな。」 「はい!そっかぁ、ここに住んでいたんだぁ……」 バンダナとマントを見る羽衣の目は輝いていた。 過去にこの世界を教えてもらったここの元主人が、羽衣にとって忘れられない人なのだろう。 「……凄い、ここの本棚、全部日記だ!」 「どうやらそれなりに几帳面な男だったらしい。ざっと目を通したが、かなり細かく書かれていたぞ。」 「じゃあ、もしかしたら僕の事も……」 「ああ、もし人物が一致するのであれば書いてあるだろうな。」 と、そこまで言った時、不意に何か、とてつもない邪悪な気配を感じた。 ……どう考えても羽衣から感じられた。いや、だが…… 「……っつ!?」 「さ、咲耶様!?どうしたんですか!?」 「い、いや……今日は少々はしゃぎ過ぎたようだ……羽衣は、ここで日記を探すといい。」 「いや、でも……」 ……気のせいでは無さそうだが……羽衣に、何かあるのか……? 「我なら大丈夫だ。少し休めばすぐに回復するさ。」 「そう、ですか……」 我は羽衣を残し、部屋を出た。 ……何だったんだ?今のは…… 「羽衣ちゃん、まだ日記を探しているのかな?」 「そうだな……かなりの数とはいえ、そろそろ当たってもおかしくないとは思うのだが……」 「私、少し様子を見てきますね。」 「ああ、頼む。」 雪乃が羽衣がいる部屋に様子を見に行った。 ……もう一時間は経っているが、そんなに時間が掛かっているのだろうか? が、直後慌しい足音とともに雪乃が戻ってきた。 「た、大変ですっ!羽衣様が……!!」 「何、どうしたっ!?」 我は急いで部屋へと向かった……何か、とても嫌な予感がする。 「はぁっ、はぁっ……い、いやっ……入って、こないでぇ……」 「どうしたっ!?おい、しっかりしろ!羽衣!!」 「ああっ……こ、こない……で……いやぁぁぁぁっ!!」 「羽衣っ!!目を覚ませっ!!」 こうしたくは無かったが、我は少し力を入れて頬を叩いた。 「はうあっ!?……あ、あれ……?咲耶様……?」 「ふぅ……やれやれ、どうなるかと思ったぞ。」 「ぼ、僕……今……うっ!?」 呻き出す羽衣を抱え、急いで我の寝室へと向かった。 「羽衣!無理はするな……!」 「ご、ごめん、なさい……」 額には大粒の汗、顔色はかなり悪い。 ……一体、何が起こったのだ……? すぐに服を着替えさせ、我の寝室で羽衣を休ませる事にした。 突然の事態に少々動揺してしまったようだが、今は落ち着いてくれたようだ。 「ごめんなさい……咲耶様。僕のせいで、こんな事になってしまって……」 「何、羽衣が持ち直してくれてよかったよ。本当にどうなるかと思ったぞ……」 ……しかし、気になる点もある。 あの時羽衣から感じられたとてつもない邪悪な気配。 そして、羽衣が見ていた物……過去に、何かあったのだろうか……? 「なぁ羽衣。お主は、過去の事を覚えているか?」 「いや、それが……部分的にしか思い出せないんです。」 「……それは、基本的にいい事とか、嬉しかった事だけ、か?」 「え?いやまぁ、確かにそうですけど……不思議と、悪い事は殆ど覚えてないんです。」 ここで一つの可能性が浮上した。それは、羽衣が何らかの記憶操作を受けている事。 ……過去に何か絡んでいるとしたら、やはり思い出させてはいけない記憶なのだろうか。 「……そうですね。咲耶様なら、この大陸に来た本当の理由を言ってもいいかもしれません。」 「……空白になった過去を見つけるため、か。」 記憶を取り戻す旅……か。果たして、何処までそれを見つけられるか…… 「そうです。でも、もしかしたら……思い出しちゃいけない過去なのかもしれませんね……」 「……羽衣、今日はここで眠るといい。」 「え?……咲耶様はどうするんです?」 「今日は少々眠れそうに無い。今回の一件、何かが噛んでいそうでな。」 羽衣が見た日記……そこに手がかりがあるはずだ。 「何、今日は他の者の部屋で眠るとしよう。それに、調べ物もあるからな。」 「……本当に、ごめんなさい……」 「何、気にする事は無いさ……何かあったら、すぐに呼んでほしい。」 「わかりました……ありがとうございます。」 ……一人にするのは少々心配ではあるが、今なら大丈夫だろう…… もう一度、あの日記を読み直す必要がありそうだ。 ----- >「思い出してはいけない過去」 「……これか。」 書斎。一つだけ落ちていた日記を拾う。 ……恐らく、この日記の何処かに羽衣の過去に繋がる部分があるのだろう。 その日記だけを持ち出し、一人リビングにあるソファーに腰掛ける。 「さて……」 保存状態はいいようだ。それなりに時間がたっているはずだが、劣化が殆ど見られない。 中身は……やはり、細かく書かれている。 暫くページを捲っていると、それらしき事が書かれている部分に辿り着いた。 「……なるほど、な……」 読み進めて行くにつれ、過去に羽衣の身に何が起こっていたのか、それを把握していった。 ……ああ、思い出させるべきではなかっただろう。 だが、時間から考えて既にそれは崩壊している…… いずれ、対峙する事になろう……その一部分はこう書かれていた。 ……こちらの大陸に来てから随分多くの街や村を渡り歩いてきた。 その中でも、この村は特に印象に残っている。 ……それは、悪い意味で、だが。 私がここに立ち寄ることになったのは、休憩と補充のためだ。 まぁ前情報からしてそんなにいい場所では無い事は分かっていた。 村に伝わる祟り……それが少々、有名になりすぎていた。 まぁ、当の村人達に話を聞いたが、余りにも大雑把な話しすぎて理解できなかった。 そんな中だ。私は、とある少女に出会った。 名前は神楽火羽衣(かぐらびうい)と言う名の少女だ。 この地方の名前は独特な物が多いが、彼女は特に印象に残っている名前だった。 貧困層の少女だったが、それでも健気に生きている彼女に、私はその当時の時点での、 私が知りうる世界についての知識を教えた。彼女はそれをとても楽しそうに聞いていた。 その顔は今でも忘れられない。 だが、彼女と話している最中、突如として村人の若い衆から襲撃を食らう事になる。 なんでも、彼女が祟りの元凶だ〜やら、こいつのせいで村が何時までも貧困層のままなんだ〜とか。 私はその時本気でキレた(この表現もどうかと思うが)。 「何処にそんな根拠がある!」と言い返してやったよ。 後に彼女に話を聞いたら、もう何度も迫害に遭っているとか…… どうしてこの村を出ないのかという問いに、彼女は、 「出たら村の人が祟りでみんな死んじゃうの」と答えた。 ……まさか、な。だがあながち間違いではなかったのかもしれない。 翌日。村人が一人、余りにも無残な姿で発見された。 正直、思い出したくないほど無残だった。あれほどグロテスクな物は無いよ。 「またあたしが一人殺してしまった」と彼女。……自覚はあったのだろう。 迫害を受けていても殺されていない点から、もしかしたら彼女が死んだら、 皆道連れになる可能性があるのかもしれない。自分で考えて、とても悲しかった。 何とかして、彼女をこの残酷な運命から救い出したかった…… だが私の旅の歩みをここで止めるわけにも行かなかった。 次の船までにまた戻らなくてはならないから…… 別れ。彼女を連れてやりたかった。だが、多くの村人を犠牲にするのは出来ない。 苦しい判断だった。だが彼女は、「あたしなら大丈夫です」と、笑顔で送り出してくれた。 そして私はこの村を出た。 今この日記を書いているのは、その村に近い別の街の宿屋。 実は私が村を出た数日後、また一人、村で死人が出たようだ。 ……私に、手段があれば……もっと力があれば…… だが、今更私に出来る事は何も無い。 今、私は先に進まなくてはならないのだ…… 「祟り、か……」 ここから先は、また別の街の事が書かれていた。 どうやら、羽衣にまつわる事はこれだけのようだ。 だが、これではっきりした事もあり、そして新たな疑問も生まれた。 人間だった頃の羽衣の様子、そして、何故祟りの原因として羽衣が迫害を受けていたのか? 「こればかりは、今後の動きでしか判断できないな……」 今の我ではどうする事も出来ない問題が、また一つ増えてしまった。 だが……この件は案外早くケリがつくだろうと、不思議と感じていた。 「羽衣……お前は、弱い者では無かろう……?」 既に眠っている羽衣へ、届くはずの無い呟き。 過去、現在、そして未来。恐らくすぐに、羽衣の全てを変えてしまうような出来事が起こるだろう…… その時が来たら、我々で羽衣を支えてやらねばな。 「さて……寝るとしよう……」 日記を書斎に戻し、リビングのソファーに横たわる。 たまにこうしてここで寝る事もある。 「……羽衣……」 今我に出来る事は、あの時のここの元主人のように、何も無いのだ…… ----- >「風の便り」 翌日……目覚めたのは朝早くだった。 独特の気配。……どうやら、何か問題があったようだな。 「エアリナか。」 「あら、気づかれちゃった?」 「……我が気づかぬとでも思ったか?」 「まぁ、それはそうよねぇ。」 姿、声は幽羅。だが、人格は全く別だ。 服装も、上位精霊が着る服を着ている。 「それで、精霊界で何かあったのか?」 「ううん、今回はアルフォード様からの伝言。何もあたしを呼ばなくてもいいだろうに……」 「アルフォードが?珍しいな。」 普通、奴がこうして伝言を送る事は無いが……何かあったんだろうか。 「そうね。まぁ、ちょっと状況が芳しくないって所かしら。」 「……ほほう、状況は徐々に悪化傾向にあるわけか。」 「うん……そうね……」 やはり、徐々に侵食が始まっているようだった。 先に戦った異形の者もそうだが、本来この世界にいないはずの存在が徐々に増えている。 「恐らく、依頼も増えていくはずよ。今は休みだろうけど、この調子だと休み取れなくなるかもよ?」 「まぁ、休める時にしっかり休むべき、と言った所だな。」 「そうそう。今の内休んでおきなさい?」 何れは休みなしで戦い続ける事もあるだろう。その時は……その時だ。 「わかった。それより……何時まで眠っているつもりなのだ、お前は。」 「まだまだ先よ。この子が立派な子になったら、風の大精霊の後継ぎにさせるわ。」 「……随分先ではないか。」 「仕方ないわ。もう固有の肉体と精神体を持つ事が出来ないのだから。」 精霊にとって固有の体を持つ事が出来ないという事は、精霊として活動が殆ど出来ないという事だ。 エアリナは幽羅の体を借りる事により行動する事が出来る。 だが、このような事はエアリナのみが行っている事で、本来ありえない事だ。 「……どうなっても知らんぞ?」 「言ってなさいよ。あたしがそんなに脆いとでも思ってるの?」 「……心配は無用か。用が済んだのなら体を戻してやれ。」 幽羅の身体を使っている以上、エアリナとして活動している間も肉体への負担が掛かる。 ……事情は分かるが、余り長く活動はしてもらいたくはない。 「はいはい。貴方も無理しないでね?」 「分かっている。」 そう言い、エアリナは幽羅の部屋へと戻っていった。 直後、すれ違う形で雪乃が入ってきた。 「咲耶様……何か問題が?」 「少々状況がよく無いらしい。そろそろ、全員が動けるようにしておいた方がいいかもしれんぞ……」 「……わかりました。」 雪乃には大まかに事情を話してある。ここにいて知らないのは、当の幽羅と羽衣だけだ。 今後、戦いの場が更に広がっていく事は大体予測がつく。 覚悟は決めておいた方がいいかもしれないな。 ----- >「混沌の中の夢」 それは夢、脆い夢。 変える事の出来ない現実、逃げ出したくなる現実。 「……どうして、僕が……?」 その答えを知る手段は無い。存在するはずがない。 知ろうとすれば身を滅ぼす。自分という存在を滅ぼす。 「……誰か……助けて……!」 もう戻れない。逃げられない。 でも、自分でも抑える事は出来ない。 「嫌……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 「……っ!?」 急に目が覚めた。心臓は早く動いている。 ……あれ?僕は何を見てこんな…… 「うっ……つつ……」 少し頭が痛い。多分、昨日あれを見たからだと思う。 僕の名前……前の……多分、思い出してはいけない事。 「……ふぅ……落ち着け〜、落ち着け〜……」 ううん、でも、きっと大丈夫。今は咲耶様や、雪乃さん、幽羅さんがいる。 きっと、あの人達なら…… 「よし、大丈夫……」 落ち着いて、ゆっくりとベッドから降りる。 そういえば、僕は咲耶様のベッドで寝てたんだっけか。 「ちゃんとお礼を言わないと……」 こうしてちゃんとした所で寝るのは久しぶりなような気がする。 咲耶様に、ちゃんとお礼を言わないと! 「……ふぅ。」 気のせいか、ここ最近気配の流れに狂いが生じてきている。 我の魔力に異常でもあるのかと思ったが、そうではなかった。 ……恐らく、原因は羽衣。二面性、とでも仮定しよう…… しかし、よくもまぁあんな複雑な行為を行ったものだ。 今度神界に行った時に誰がやったか、奴に問い詰めてみるか。 「おっはよ〜咲耶ちゃん!」 「おはようございます、咲耶様。」 「ん、二人ともおはよう。」 幽羅と羽衣の二人がリビングに来た。……今は落ち着いているようだな。 「ご飯の準備なら、もう出来てますよ。」 「それでは、今日は四人で食事だな。」 「え?いいんですか?」 「今更何を言うか。それと、今日中にお主の部屋も用意しておこう。  ここにいれば、何かと融通も利くだろう。それに、何かあった時に我々を頼ればいい。」 このまま羽衣を一人にさせておくのは何かと不安だ。 何しろ、今の段階で羽衣を一人にさせるのは少し危険な気がする。 「でも、いいんですか?」 「何、構わないさ。二人とも、いいだろう?」 「ええ、構いません。家族が増えて嬉しいですよ。」 「うん、いいよ〜!羽衣ちゃんがいるともっと楽しくなると思うよ!」 家族、か……こうして過ごすだけで、変わるものだな…… 「ああ……ありがとうございます!このご恩はいつか必ず……!」 「いや、気にする事はないさ。さぁ、食事にしようか?」 賑やかな朝食。多くの笑顔があった。 ……そうだな。今は余り考えずに、この時間を過ごす事にしよう。 少しでも長く、この平穏が続く事を願いつつ…… ----- >「特訓」 食事が終わり少し時間が経った頃、我は羽衣と共に庭に出た。 「お庭も大きいですね……」 「少し手入れに手間も掛かるがな。」 正直、広すぎる気もする。大体の手入れは雪乃がしているが、我が手伝う時もある。 「そうですよね……でも、どうしてここに?」 「御主を少し鍛えようと思ってな。」 「鍛える……?」 「ああ、そうだ……まずは、話を聞いてくれ。」 我は今この世界が置かれている状況、敵、そして戦いについての話をした。 ……本来であれば、こうのんびりしている暇はないのだ。 「……羽衣は戦う事が嫌いか?」 「はい……出来る事なら、ずっと静かに暮らしていたいです。でも……」 「……時として、やらねばならぬ時もある。だから、今の内に鍛えておくのだ。よいな?」 「はいっ!」 「うむ、いい返事だ。」 こうして、我と羽衣の特訓が始まった。 羽衣は一応槍を武器としているようだったが、むしろ魔法の方が適正があるようだった。 また同時に羽衣の戦闘用の鎧も見る事になった。 見た感じ赤を中心にした色使いで、胸には翡翠が飾られている。 気になったのは、猫の耳だった部分がなぜか角になっていた事。 本人曰く、そういう仕様らしい。神界の防具はなんというか、センスがないのか……? 「咲耶様の武器は確か爪とか、そういう物だったと聞いた事があるのですが?」 「ああ、その通りだ。だが、前までは槍を使っていた。今は技を扱う事は殆ど出来ないがな。」 「そうだったんですか……」 ……殆ど記憶だけだが、少し扱うだけで自然と身体が順応していく。 いい事なのか、悪い事なのか…… それはともかく、幾らなんでも羽衣の扱い方は雑すぎた。 「まぁ、言い方は悪いかも知れぬが、少々御主は武器の扱いが酷いのでな……」 「あぅ……」 「まぁ、すぐにある程度の事は身につくはずだ。」 ただ一つ、問題なのは……具現化する槍。 羽衣はごく簡単な構造の、飾り気のない槍。 だが我のは特殊だ。周囲に他の意思を持つ生物がいた場合、何らかの影響を及ぼしかねない。 「すまない、館から槍を取って来よう。我の物はあまり頻繁に具現化出来ぬのだ。」 「あ、はい。」 仕方あるまい。ここは前に、館内で見かけた槍を拝借する事にしよう。 一度館に戻り、殆ど倉庫部屋になっているそこから、まだ使える槍を見つけた。 こちらも羽衣の槍と同じく、殆ど飾りのない単純構造の槍だった。 戻ると羽衣が武器を具現化させて待っていた。 「すまぬな。」 「いえ、咲耶様に直々に教わるなんて……恐縮です。」 「何、気にする事はないさ。さぁ、まずは基本の構えからだ!」 「はいっ!」 その後は槍を扱うに当たっての基本的な事から、実践でもそれなりに有効な技術を教えた。 また炎魔法が得意な事もあり、槍と炎魔法の連携も同時に練習する事になった。 「ふぅ……疲れました〜……」 「大丈夫か?流石に長くなった……少し休もう。」 「いえ、もう少し……いたた……」 どうやら腕を痛めたらしい。少々、無理をさせすぎたか…… 「無理はするな。今動けなくなっては、その時になったら困る事になるぞ。」 「はい……」 少し長くやりすぎたようだった。日はちょうど頭の真上にある。 と、近くの窓から幽羅が顔を出した。 「咲耶ちゃ〜ん!ご飯の準備できてるから、一区切りついたら来てだって〜!」 「わかった、今行こう!」 ちょうど食事の時間だったようだ。区切りもよかったので、すぐに館に戻ることにした。 まだ午前中だったとはいえ、季節はまだ暑い夏。無理はしないほうがいいだろう。 一度シャワーを浴び、着替えてから食事を済ませた。 午後は外には出ず、館内の広い部屋を使って、武器を使わない立ち回りを練習する事にした。 時として武器が使えない状況もあるという事を前提とした訓練もかねている。 「こ、こんな場所で魔法を?」 「心配はいらん。我があらかじめ手を加えてある。」 「……大丈夫なんですか、本当に……」 「我の過去?」 練習が終わった頃、ふと羽衣が我に聞いたのがそれだった。 「はい……神界でも有名な方ですし、少し気になってしまって……いえ、無理ならいいのですが……」 「……今はまだ無理だ。だが、じきに話す時が来るかも知れぬ。」 「そうですか……」 過去は、余り伝えたくない事だ……他者に話せるような物でもない。 出来る事なら、消し去ってしまいたいぐらいだ…… 「……まぁ、そう頻繁に語る過去ではないのだがな。さて、戻るとしようか。」 「はい。」 ここまで訓練して気づいたのは、羽衣の適応能力の高さだ。 最初はぎこちなかったが、今ではある程度の戦線でも通用するぐらいの力はある。 もちろん、羽衣を無理に戦わせるような真似はしたくはないが…… 今後の状況を考えると、どうしても戦いは避けられない。 今は少しでも、今後のために強くなくては……羽衣も、我も…… ----- >「星に願いを」 一人、テラスから夜空を見上げる。 漆黒の海に輝く光。遠く手の届かない奇跡の光。 「ふぅ……」 「珍しいわね。貴方がこうしているなんて。」 「……お互い様だろう。」 いつの間にか背後にはエアリナがいた。 こうして何もない時に現れるのは珍しい事だ。 「特に何かあったわけではなさそうだな。」 「ええ……あたしにだって、考えに耽りたい時もあるのよ?」 「……そうだな。」 「……貴方もそう?」 「似たような物だ……」 ここは夜空の星と月が一番よく見える場所だ。 この空を見ると、不思議と心が安らぐ。 「あの子の事、やっぱり心配?」 「ああ……」 「……あの子、結構重いものを背負ってるわ。恐らく、本人は気づいていないでしょうけども。」 「そうだろうな。あれ程の邪気、長い間傍にいれば狂ってしまいそうだ……」 あの時は一瞬だけだったから良かったものの、あれが長く続けば…… 我とて、無事ではいられないだろう。 「……貴方も何か変な物が目覚めないといいんだけど。」 「どういう意味だ?」 「そのままよ。」 ……我が目覚める、か…… 確かに、今の我は昔とは違う。今、あの狂った時代の我に戻ったらどうなるのだろうか。 ……確実に、雪乃や幽羅、羽衣とは共に存在できなくなる。 だが……それは昔の事だ。今は違う。 「……すまない、一人にさせてくれないか?」 「いいわ。あたしもそう長く持たなさそうだし、そろそろ覚悟しないと。」 「……そう、か……」 エアリナには迫っているのだ。精霊としての「死」が。 そして、それはいずれ我にも訪れる…… 「咲耶。」 「何だ?」 「あたしの事はあまり気にしない事。これは必ず起こる事なんだから。貴方だって例外じゃないわ。」 「……わかっているさ……」 ……避けられぬとは分かっているが……エアリナは状況が特殊すぎる。 果たして、無事に終わらせられるのか…… 「……考えすぎはよくないわよ。じゃあね。」 「ああ……」 ……エアリナの事も心配だが、我自身も…… 今の我は、もう過去の我ではない…… だが、戦いに出るたびに感じるあの喜びは…… 我も結局は、狂った道の上にいるのだろうか……? 「……お前は、我に何をさせようとしているのだ?アルフォード……」 夜空に問いかけた所で何も戻ってはこない。 ……もう寝よう。今はこれ以上考えても無意味だ。 ----- >「依頼」 「こんな時に呼び出しとは、どういう事だ神王殿。」 「いや、ごめんねぇ……私としても今回の事は何とか神界側だけで済ませたかったんだけど……」 「……何故我を?我にはまだ桜木の大精霊としての仕事があるのだぞ。」 我は少し気分が悪かった。 神界と魔界の緊張状態。それが酷い状態での呼び出し。 ……どういうつもりなのだ? 「君が武術の能力に長けているのを聞いて呼び出したんだ。」 「……精神体が戦えるとでも思っているのか?この戦争に我を巻き込むつもりか?」 まさか……呼び出されて戦争に参加しろとはな…… ふざけているのか、こいつは…… 「本当は巻き込みたくなかったよ。だけど、少しでも戦力が欲しいんだ。」 「断る。精霊界を巻き込むのか?ふん、ふざけるな!!」 「咲耶……」 馬鹿馬鹿しい戦いなど、我には無意味だ。 この時はまだそう思っていた。だが…… 「またか……」 昔の夢。何故思い出してしまうんだろうか。 思い出したくもない記憶。狂った戦いの日々。 ……もういい、今は考えるな…… 「咲耶様?入りますよ。」 「ああ……」 来たのは雪乃だった。今日は少し起きるのが遅かったようだ。 あんな夢を見るから……全く、我らしくない。 「大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫だ。羽衣の様子は?」 「昨日の疲れはとれたみたいですよ。もうリビングにいますから、咲耶様も。」 「わかった。」 少し気分が悪いが問題はない。 身体を動かして気分転換とでもしたいところだ。 「ああ、そう言えば咲耶様……」 「む、なんだ?」 「咲耶様宛てにお手紙が届いていますよ。恐らく依頼かと……」 「ふむ……そろそろ忙しくなるな。」 食事中、雪乃から手紙を受け取った。 久し振りの依頼。まぁ、元々休みを取っていたし、そろそろ来てもおかしくはなかったが。 「依頼、ですか?」 「ああ。大体の依頼はこうして手紙で送られてくるのだ。」 「中には国の王様から来るのもあるんだよ〜!」 「凄いですね……それほど信頼されているという事なんですね。」 「そういう事だ。中身は後で確認しよう。」 ここ最近は落ち着いている。だが、何時大きく動くかわからない。 エアリナの言った事が正しければ、その時は近い事にはなるが…… 「だが……覚悟はした方がいいかもしれないな。」 「はい……」 「そうだね……」 「……咲耶様?」 不安げに尋ねる羽衣。その声は少し震えていた。 「何だ?」 「咲耶様は……戦いが怖くないんですか?」 「……普通の存在でならばそう思うだろう。だが我はそれを超越してしまった。」 本当は超えてはならない一線だったんだろう……だが、今更だ。 「じゃあ、命を奪う事も、怖くないんですか?」 「……少なくとも無益な殺しはしない。今まで殺めた者は全て害成す魔物。」 ……一部例外は含む。何しろ、過去には人を殺した事もある。 尤も、そいつは既に人間として生きていたとは思えない姿ではあったが。 「……そう、ですか……」 「羽衣、無理なようなら出なくても構わない。」 「いえ、昨日のお話を聞きましたし……僕だけ見ているなんて出来ません。」 「そうか……だが無理はするなよ?」 「はい……」 不安ではあるが……仕方ない。 内容があまりにも危険だったら、羽衣に出させるのは止めさせよう…… ----- >「空間を越えて」 ……咲耶様へ。 本来ならば直接お会いしてお話をしたかったのですがそうも行かないようです。 貴方が存在していた、そして今そこに居るであろう羽衣が住んでいた大陸。 そこの村で多くの人間が不審な死を遂げています。 原因はまだわかりませんが……恐らく、今世界に迫っている危機に何か関係があるのだと思います。 アオイチのあの場所に桜木の空間への門を一時的に開いておきます。 そこから第二大陸へ向かって下さい。私の使者を向かわせています。 どうか、よろしくお願いします…… 「第二大陸……か。珍しいな。」 「第二大陸と言えば、咲耶様が元所属していた大陸ですよね?」 「そうだ。肉体を持ってここから始まり、神王殿の命でこの第一大陸に移動した。」 かつてはあの大陸で、人としての動き方を学んだ。 ……今は、どのように変わっているんだろうか。 「そうだったんですか……大変だったんですね。それにしても、僕の名前を知ってるって誰だろう?」 「恐らく依頼者は神族だろうな。しかし、久々の故郷だな……」 肉体を持ったまま桜木の空間に戻る事になったのは初めてではない。 だが回数の多い事ではない。それに長居も出来ない。 「咲耶ちゃんの故郷かぁ……私も久しぶりだなぁ。」 「そうですね。私も前に一度行った以来は……」 二人は過去に空間に飛んだ事がある。その時は余り長い時間留まってはいなかったが…… 「羽衣は初めてだろう?我が少しだけ案内しよう。」 「え?いいんですか?」 「ああ。少し程度なら大丈夫だろう。それに我も少し用があるからな。」 せっかく戻るのであれば少しあやつらにも会ってやらんとな……楽しみだ。 「よし、準備はいいな?」 全員がある程度の荷物と武器を持つ。 過去にも大陸を移動しての以来もあり、準備は万全だ。 「問題ないです。いつでも行けますよ。」 「大丈夫だよ!」 「何とかなると思います。」 「よし、では出発だ。」 目指すはアオイチ、桜木の湖。 我が最初にこの大陸に降り立った場所…… ----- >「桜木の湖」 エリアスからアオイチまでは、各所に設置されている転移装置を使う。 どう見ても今この時代の技術力では作れそうもない代物だが……まぁそれは気にせず。 問題はここからだ。桜木の空間に繋がる門……それがどういう形なのか。 まぁあの場所に開けるとしたら、一番簡単な構造の物と考えるべきか。 ……と、考えている内に現地に到着した。 「うわぁ……夏なのに桜が……」 「この地は少し特殊でな。具現化した桜木の霊達がいるおかげで桜が枯れないのだ。」 「そうなんですか……でも、凄く綺麗ですね……」 「ああ……」 美しく艶やかに咲く桜。羽衣が見惚れてしまうのもわかる。 桜木の湖の枯れぬ桜。まるで我の故郷のように……だが。 「だが、油断すれば危険でもある。」 「え?」 「桜木の霊は全てがよい存在ではない。中には人間を誘い込み肉体ごと糧にしてしまう者もいる。」 「そ、それって……」 ……そうした奴を何度か見かけた事があるが、我が手出しする事は出来ない。 度が過ぎない限りは、それもまた自然の一部という事だ。 「だが我らを襲う愚か者はいないだろう。良き霊にとっても悪き霊にとっても我という存在は大きい。」 「……怖いんですね、本当は。」 人間だけではなく他の生物も虜にする存在もいる。 華やかな裏には闇もある。我は……それを見る使命がある。 「あ、咲耶ちゃん、あれってもしかして……」 「む?……ふむ、誘導灯か。」 少し前方に青白い光が灯っている。我が近づくと距離を離す。 「どうやらこれが門へと導くようだな……行くぞ。」 誘導灯に導かれて進むと湖に出た。 光は水辺近くのとある場所を指していた。 「なるほど……あそこに飛び込めという事か。」 「お昼なのに月が……どうなっているんですか?」 雪乃が言う通り、光の下の部分だけが暗く、そして満月が映っている。 ……我からしてみれば、随分と古風な手段だと思うが。 「一種の道しるべのような物だ。あの場所に門が開かれていて、空間を飛ぶ事が出来るのだ。」 「そうなんですか……今までは大体陸地に門が開いてましたけど……」 「わざわざこんな手段をとるとはな。まぁいい、飛び込むぞ。」 「え?でも濡れるんじゃないですか……?」 と、少し派手な衣装の羽衣が言う。 ……濡れたら重そうだな、羽衣の格好は。 「飛び込むと同時に転移が起こる。濡れる前には向こうに転移するから心配は要らない。」 「う、うーん……」 「時間はあまりないのだ。さぁ行くぞ!」 ここは我が見本を見せるべきだな。一思いに我は地面を蹴った。 そして足が水に着いた途端、身体が宙に浮く感覚、同時に意識が一時的に消える…… ----- >「桜木の空間」 「……久しいな。」 目の前に広がる空間は、我にとって懐かしい物だった。 一面に並ぶ桜の木、そしてその先に見える一際大きな桜…… ああ、久しぶりの故郷だ…… と、後ろから幽羅が、続いて雪乃と羽衣が降り立った。 「凄い……ここも、こんなに……」 「何度来ても、ここは綺麗ですよね……」 「そうだよねぇ……」 「まぁ、我にとっては見慣れた光景だがな。さて、次は第二大陸への門を開かなければ。」 門を開くのは我も出来るのだが、何より魔力の消費が激しくなる。 こういう事はあの者に任せるのが一番だ。 「余り時間はないが、少しだけこの空間にいよう。少々我も準備したい事もあるからな。」 「わかりました。」 「は〜い!」 「………」 羽衣だけ返事がない。遠くにある大きな桜を見ている。 「……羽衣、あまりぼーっとするな?」 「……はっ!?」 「全く……行くぞ。」 「は、はいっ!」 少し引っかかりながらも先へと進む。 肉体を持った状態だと、進む事が出来る箇所は大幅に限られる。 それはそれだけ我々にとって神聖な場所という事。 例外として、神族や魔族の上位の存在であれば立ち入る事が許される場所もあるが…… 「あれ……?さ、咲耶様!?」 たまたま通りかかったのは、世話役の一人、天音だった。 桜木の空間の正装である華やかな着物を着ている。 ……少し成長したか。より一層似合うようになっている。 「天音!久しぶりだな。元気にしているか?」 「は、はい!」 「ふふっ、それはよかった。会って早々悪いのだが、結衣香は何処にいる?」 「えっと……今は空間の門で検査を。」 空間の門……世界と空間を繋ぐ門を開くための場所。 もしそこにいるのなら、話が早い。 「そうか、都合がいいな……」 「大陸移動ですか?やはり、ここ最近の……」 「そういう事だ。さて、では向かうとしようか。」 あやつを探す手間が省けたのは幸いだった。 これでもう少しこの空間にいる事が出来そうだ…… 「咲耶様!ああっ、おかえりなさい!」 「ただいま、結衣香。話は聞いているな?」 「はい。神界の使者の方から事情は聞きました。何時でも開けますよ!」 もう一人の世話役、結衣香。空間と空間を繋ぐ能力に長けている。 肉体を持つ以前からも、結衣香には助けられている。 ……こちらはあまり成長した感じがしないが気のせいか? どうやら話は先に伝わっていたようで、既に準備をしていた。 「うむ、わかった。少々準備もする、後でまた声をかけよう。」 「了解ですっ!」 後は各々の準備だけだ。移動する前に……立ち寄っていくか。 「さて、少し我は準備をしてくる。それと羽衣。」 「あ、はい。」 「御主に桜木の空間を少し案内しよう。神界とはまた違った世界だぞ。」 「あ……ありがとうございます!」 「さて、それでは行くとしようか。」 久しぶりに降り立った地を、少しずつ楽しみながらあの場所へと向かう。 羽衣に説明する時には、自分がここで何をしたかも思い出しながら教えていた。 ……この地を離れてから、随分と時間が経ったんだな…… 「すまないが、ここで少し待っていてくれないか?」 「はい。あ、でも……ちょっとその辺りを歩いててもいいですか?」 「構わない。だが迷うなよ?」 この空間はそれなりの広さがある。下手に動くと迷子になる……そんな来客が少しいた。 まぁ、羽衣なら大丈夫だろう。 「……僕はそこまで子供じゃないですよ〜。」 「ふふっ、そうだな。」 我は一人、とある場所へと向かった。 それは我にとって最も重要な場所であり、そして最も神聖な場所…… ----- >「全てが始まった場所」 「………」 一人見つめる先。この冠を置く台座。何もない台座は何処か寂しげで。 「全ては、ここから始まったのだな……」 我も元々はただの精霊だった。そして能力を見出され、桜木の大精霊を引き継ぐ事になった。 ここは我の始まりの地。桜木の大精霊としての、使命を授かった場所…… 『ふふっ、流石は我らしいと言った所か。』 「いいさ、それでも構わない……」 目の前に見える幻影。いるはずのない存在。 『戦いを前に思い出に浸りに来たのか?』 「似たような物だ。」 そういう我は少し笑っていた。 『あまり浸りすぎると抜けられなくなってしまうぞ。』 「わかっているさ。そう長居するつもりはない。」 封印したい記憶もある。だが、そうではない記憶もある。 『もう昔の我には戻らない、そうだろう?』 「ああ……今は今だ。我は今を生きている。」 自問自答。思い出される過去の記憶。 『ならば迷わず進むがよい。我が望んだように。』 「言われなくてもわかっているさ。」 そして幻影は消えた。 「……全く、世話の焼ける……」 あまり時間をかけるわけにも行かない。 思い出に浸りすぎるのも問題だ。そろそろ戻る時間だろう。 「さて、与えられた使命を果たしに行くか。」 今の使命。と言うよりは依頼だが…… 第二大陸に起こっている異変。多くの人間の命が消えている。 ……嫌な予感がするが、それを一番早く止める事が出来るのは我々だけだろう。 皆が待っている。 「すまないな。さて、出発するぞ。もたもたしているとまた犠牲者が増えるかもしれん。」 「わかりました。それじゃあ門を開くので、ちょっと下がっててくださいね!」 結衣香が術式を組み上げていく。その速さは我ですら追いつかないほどだ。 いや、最後に見た時より更に早くなっている……やはり、成長しているな。 「……開きます!皆さん、お気をつけて!」 「ああ。では行くぞ!!」 開かれた門に全員が飛び込む。 目指すは第二大陸、過去に我が初めて見た別世界へ。 ----- >「猫神」 「ここは……妙に静かだな。」 降りた場所は森の中、その道の上だった。 人の気配も他の動物の気配もしない静かな森。 「静かな場所ですね……」 「うん……何か、ちょっと怖いな……」 ……余りにも静か過ぎる。雪乃と幽羅は少し警戒していた。 「ここって……いや、でも……」 羽衣は何かを思い出しているようだった。 なにやらあたりを見回している。 「羽衣、何か知っているのか?」 「いえ……ただ何となくなんですけど、ここには来た事があるかもって……」 「ふむ……そうか。」 もしかしたら羽衣に纏わる何かがあるのかもしれない…… と、そう思った時不意に森の中から気配を感じた。 「……神族か。」 「流石は咲耶様ですにゃ。」 現れたのは一匹の白い猫。澄んだ青い目をしている。 ……気配が強い。ただの神族ではなさそうだ。 「御主、ただの神族ではないな?」 「僕は猫神、神界の上級神だにゃ。」 「ふむ……神界の上級神が直々に……」 「あ〜っ!?」 と、突然声を上げたのは羽衣だった。 ……話の途中だったのだが。 「ね、猫神様……!?」 「久しぶり、羽衣。元気にしていたかにゃ?」 「はい、それはもう……でも、どうしてここに?」 確か、使者を送る筈だったが…… 自ら動くまで状況が悪化しているのか、他の理由なのか…… 「……少々僕の手には負えない事態になってにゃ……」 「力を持った神がわざわざ我に依頼を出した、と言う事か。」 「そう言う事ですにゃ。」 上級神ですら手を挙げる状況……一体何が起こっているのだ? 「使者を送るのではなかったのか?」 「状況が状況だけに、ですにゃ。」 「……それ程危険な状況、と言う事か。」 手に力が入る。これ以上放置するわけには行かない。 「原因が何であれ、何としても我々の手で止めなくては……!」 「どうかお願いしますにゃ。もう咲耶様が頼りですにゃ……」 「ああ、任せておけ。他の者も覚悟はいいな?」 無言で頷く三人。もしかしたら今も誰かが危機にあるのかもしれない…… 焦りが頭をよぎる。 「早速案内してくれ。嫌な予感がする……」 「わかりましたにゃ。」 とにかく、まずはその村の状況を知らなければ動けない。 猫神の後を追い、一路村へと向かう。 ----- >「呪われた村」 人はいる、だが酷く空気が重い。 いや違う……この気配、この邪気は異常だ! 「何なんだこの気配は……!?」 「うっ……体が、重い……」 「うわっ、ゆ、雪乃ちゃん!?」 倒れそうになる雪乃を幽羅が支えていた。 それだけ影響が出ているのか……!? 「雪乃!?くっ、一体なんだと言うんだ!!」 「い、いえ……私は大丈夫です……それよりも……」 雪乃は少し離れた所にいる羽衣を見ていた。 ……この邪気の中だというのに平然としている…… いや、あれは本当に羽衣なのか?力の流れがまるで違う。 「羽衣!」 「……咲耶様?」 「御主は何も感じないのか?この村のただならぬ気配を。」 「……感じないんです。自分でも変だとは思うんです。でも……」 「そう、か……」 ……この村の異常は只ならぬ物だ。 しかし、それでも影響がない羽衣……いや待て、この気配は…… 「そこのお方……旅の方ですかな。」 と、気がつけば村人の一人であろう老人がこちらに来ていた。 「む、ああ……似たようなものだ。」 「失礼ながら、今この村では何もお出しすることは出来ませぬ……」 その老人はかなり疲れているようだった。 やはりこの邪気の影響なのか……? 「いや、構わない。それより、聞きたい事があるのだが……」 「何でしょうか?」 「風の噂を辿ってきたのだが、この村に今何か異常が起こっていると聞く。」 「はい……今次々と、村の住人が不審な死を遂げております……」 「やはり事実だったか……」 この状況では、そう長くは持たないような気がする…… 早く解決しなければ、村人全員が犠牲になるかもしれん。 「我々はこの問題を調査し、解決するためにやってきた。詳しい話を聞かせて欲しい。」 「おおっ、そうだったのでしたか……!ならば、この私の家で……寂れてはおりますが……」 「いや、聞かせてもらえるだけでも嬉しい。助かる。」 こうして老人の案内で、家でここ最近の説明を受ける事となった。 それにしても……その家に向かう途中も何人か村人を見かけた。 だが皆共通して覇気がない。もう末期に近いのか……? 「さぁ、ここです……」 一軒の家。他と比べると多少は大きい。 ……とにかく、今は事情を聞かなくては……とても、嫌な予感がする。 ----- >「接続する記憶」 「どうぞ……」 「すまない。」 中は少し暗い。 家の中は至って質素で、和風な物だった。 中央の暖炉を中心に座り、話を聞く事になった。 「さて、何処から話せばよいでしょうか……」 「そうだな……まずは、このような事態になった経緯を教えて欲しい。」 と、聞いた時にちらりと羽衣の方を見た。 やはり気配は変わらない。その表情は暗いままだ。 「……あれはもう何年前の事でしたか……ある一組の夫婦が亡くなってからです……  その夫婦はとても仲が良く、子供も元気な子でした。ところが、その夫婦が亡くなると、  その夫婦の子供は迫害を受けた……それからです。」 「子供が迫害を受けて、その後に最初の犠牲者が出たのだな?」 「はい……それからと言うもの、迫害は続き、それと同時に被害者も増えていったのです。」 ……奇妙だ。それに気づいていながら、何故止めなかったのだ? 「迫害は何故止まらなかった?誰も止めようとはしなかったのか?」 「止めようとはしましたが……誰もがその子供が祟りの原因だと……」 「何と愚かな……」 その子供に同情してやりたいが、何か引っかかる。 この話、何処かで……? 「すまないが、その子供の名前を覚えているか?」 「確か……神楽火、羽衣、でしたか……」 「え……僕の、名前……?」 「……おお、ま、まさか貴方は……!」 その老人は羽衣をしっかりと見て、何か思い出しているようだった。 「似ている……まさか……いやしかし……」 「僕は……僕は、ここで何を……うっ!?」 突然、羽衣が苦しみだす。ここで、危険な事になったのか……!? 「羽衣!?どうしたっ!?」 「あ……ああ……痛い、痛いよ……助けて……!」 「くっ、こんな所で……っ!」 混乱する現場。そこに追い打ちをかけるかのように、慌ただしく家の扉が開かれた。 「た、大変だっ!また一人やられたっ!!」 「なんだと!?」 また犠牲者が……まさか……やはり羽衣が原因なのか……? 「……くっ、仕方ない、我は羽衣を看る。雪乃と幽羅はこの方と様子を見に行ってくれ!」 「わかりました!」 「うんっ!」 三人が家から飛び出し、家には我と羽衣だけが残った。 「はぁっ、はぁっ……嫌っ……こないでぇ……」 「しっかりしろ、羽衣!羽衣っ!!」 羽衣……御主には何が見えているというのだ……? 一体過去に、何があったのだ……? ----- >「切り裂き」 みんな、けしてあげる。あたしがみんなころしてあげる。 ……貴方は何を考えているの!? あたしはあなたがのぞんだからうまれた。だからここにいて、みんなころしてあげるの。 僕が望んだ……?そんな、そんな事は…… あなたはそうのぞんだの。だからあたしはいるの。 嘘……そんなの嘘だよ……!! ふふっ、みていればわかるよ。 「嘘……でしょう……?」 信じられなかった。私の目の前には、無惨にも切り刻まれた、元人間だった物。 ふらふらとその場に座り込んでしまう。 「ゆ、雪乃ちゃん、大丈夫!?」 「ちょっと……気分が悪くなっただけです。」 幽羅様に支えられて何とか立ち上がる。 「なんてこった……これで何人目だ……?」 「わかんねぇ……なぁ、もうこんな村出ていこうぜ!」 「馬鹿言うな!村を出た奴がみんな死んで帰ってきてるのはわかってんだろ!?」 「くそっ……どうすりゃいいんだよ……!!」 そんな会話が横から聞こえていた。 それじゃあ、この村からは出られないと言う事なの……? 「一体……どうしてこんな事に……」 「羽衣神様の祟りだ……」 「え?」 その言葉は私にとって予想外の言葉。羽衣神様……? この祟りは、羽衣様がやった?そんな、まさか……! 「神楽火羽衣が生贄として死んで暫く村は平和だった……だが、ある時から  不穏な気配がし始めた……そう、それからだ!おお、恐ろしい……何と言う事だ……」 「それは、今家にいる羽衣ちゃんと関係あるの!?」 「いえ、確かに似てはおりますが……しかし、あの時既に死んだはずでは……」 何か、とても嫌な予感がする……この村は一体…… 「幽羅様……ここは、一旦咲耶様の所に戻りましょう……」 「う、うん……」 訳が分からない。一体この村はどうなっているの? 羽衣様に、一体何が……? ----- >「神楽火との対峙」 いつまでそうしているの?あたしにからだをくれればらくになれるよ? させない……そんな、事はっ……!! そっか。それじゃあこれならどう? !?……い、嫌……やめて……!! おやすみ。もうこのからだはあたしのもの。 嫌、そんな、そんなっ……あぁぁぁぁぁっ!! 「……くっ。」 状況は良くならない。それどころか、逆に悪化している。 まさか我がこの力を利用しなければ身が持たぬ程とは、な。 怨み、憎しみ、怒り。混濁した何かが流れ込んでくる。 「咲耶様!」 「咲耶ちゃん!」 「二人とも……今は近づくなっ!!」 既にこちらの意識もわずかではあるが薄れ始めていた。 が、それと同時に羽衣の様子が変わった。 「羽衣……?目覚めたのか……?」 「う……ああ……」 「……なんだこの気配は……!?」 様子がおかしい。身体は羽衣でも、気配が全く違うのだ。 まるで幽羅とエアリナのように…… 「羽衣っ、しっかりしろ!!」 「さ、咲耶様……逃げて……っ!!」 次の瞬間、羽衣の周りを炎が包んだ。とっさに避けたものの、体勢を崩された。 「あははははっ!みんな消えちゃえ!」 「こいつ……!!」 炎は瞬く間に家を燃やしていく。そして脱出した我に向かって追撃が入る。 「何っ!?」 「咲耶様、危ないっ!!」 雪乃が放つ冷気の矢で間一髪の所で炎は打ち消された。 「すまない……助かった。」 「いえ、それよりも……」 「外しちゃったか。流石は咲耶様だね。」 「貴様……何者だ!!」 炎の中から現れたそれは羽衣であって羽衣でない者。 姿は殆ど変わらない……唯一の違いは、髪と目。 あの黒い髪が、白い髪へと変わっていた。 そしてその目……まるで血の色の様な赤い目をしていた。 「見てわからないのかな?」 「姿はほぼ同じでも中までは誤魔化せないようだな……」 「ふふっ、そう思って構わないよ。」 余裕のある台詞。別の存在としか思えないその雰囲気。 そして、圧倒的なまでの邪悪な気配…… ……あの時点で予測は立っていた。だが、それを遙かに上回っている…… 「あたしはあの子から生まれたの。あの子が望んだ事……それがあたし。」 「ここの村人さん達が死ぬ事を、羽衣ちゃんが望んだとでも言うの!?」 幽羅の言う事はわかる。だが……もし我の仮定が正しいとしたら…… 「そうだよ。あの子は虐められていたの。だからあたしが代わりに恨みを晴らしてあげたの。  まぁ、その後あの子は殺されて、あたしは自由になれるはずだったのに……」 「……そう言う事か。」 後で猫神に事情を聞く必要があるかもしれん……だが、今はそれよりも。 「だがこうなってしまった以上、貴様を許しておくわけには行かない。我がこの手で貴様を葬る!」 「あたしを殺しちゃうんだ?でもそんな事したら、貴方の大事な羽衣ちゃんが死んじゃうよ?」 「……ふん、見くびるな邪念よ。貴様だけを殺す手段はあるのだ。」 「へぇ……なら、やってみせてよ!あたしだけ殺して見せてよ!!」 瞬間、刃が煌めく。 鋭い槍の一閃を爪で弾く。だがその力はかなりの強さだった。 「雪乃!幽羅!ここは我が食い止める!二人は村人の避難を!!」 「はいっ!」 「雪乃ちゃん、急ごう!」 他の場所に影響が出ると厄介だ。何とかして、被害を最小限に食い止めなくては! 二人には急ぎ村人の避難を指示した。だが、これには別の理由もある。 「……この方が我にとっては好都合なのでな。」 「わざわざ味方を居なくするのが好都合なんだ?」 「ああ……思う存分、これを扱う事が出来るからな……!!」 それは我にとっての切り札……呪われた力。 この状況を唯一打破出来る可能性がある力。 「我が前に姿を現せ……!!」 これで……決着をつける。 ----- >「怨念桜」 「その槍は……!」 「目には目を、怨念には怨念をとでも言っておこうか。」 具現化したのは、桜の枝を元にした槍。 とは言っても只の槍ではない。怨念桜の力を持つ槍だ。 強力が故に、他者への影響も大きい。だから二人を遠ざけていた。 「ふふっ……そっか。ならあたしも本気を出してあげるよ!!」 彼女も同じく、槍を具現化させていた。 黒い炎を纏った、あの時具現化させたものとはまるで別物の槍。 黒の刃……全く、気配が違う…… 「……いい物を持っているな。」 「貴方と同じだよ。」 「ふん、見くびるなよ。貴様とは違う。」 「戦ってみればわかるよ……あたしと貴方が同じって事!!」 一閃、激しく衝突する互いの武器。 力と力が押し合う、戦いの世界。 「やるな……だがっ!!」 一度相手を吹き飛ばし、間合いを取る。あまり長い時間は戦えない…… 「てやぁぁぁぁぁっ!!」 「えっ!?」 相手が体勢を崩している部分に追撃を掛ける。一気に踏み込んで奴との距離を詰めた。 そして目の前に来た瞬間、地面を蹴った。 奴の反撃をかわして宙に舞う。そこから奴の頭めがけ急降下していく…… 「これで……!!」 「ちっ……そんな物っ!」 寸での所でよけられ、槍が地面に突き刺さる。すぐに抜いて体勢を整え、再度対峙する。 「……一筋縄では行かない、といった所だな。」 「あたしに教えてくれたのは咲耶様だもの。さっきはちょっと危なかったけどね。」 「ふん、あれが我の全てだと思うなよ。貴様は必ず殺す。我が知る羽衣を取り戻す!!」 武器がぶつかり合う。一進一退の打ち合い。 一瞬の気の緩みが死を招く。そんな極限の戦いを、我は楽しんでいた。 この感覚は……間違いなく、過去の我そのもの。 「ふふ……やっぱり、あたしと同じだよ……!!」 そんな声が聞こえたが、気にもならなかった。 いや、気にする必要もなかった。体の動きが更に研ぎ澄まされていく。 「どうした!その程度の動きでは我は倒せぬぞ!!」 「うっ、くっ……!」 奴の体勢が崩れ始める。そろそろ決着をつけるか…… だが、その前にやっておかなければならない事がある。 「……時間を掛けさせるわけには行かない。今ならまだ間に合うからな……!!」 「きゃあっ!?」 強烈な足払いをお見舞いし、奴は倒れた。起き上がろうとする奴の喉に刃を向ける。 「!!」 「そこまでだ。これ以上、羽衣の体で身勝手はさせん。」 「ふ……ふふ……いいの?このままあたしを殺して。あたしが死んだら、あの子も死んじゃうんだよ?」 「……聞こえているだろう、羽衣!」 もしこれが無理だったとしたら……だが、今は……と。 『咲耶……様……』 「な……そんな、あたしが消したはずなのに……!?」 「間に合ったようだな……」 頭の中に直接響く声。間違いなく、それは本来の羽衣の声だった。 あまりにもか細い声ではあったが…… 「くっ……往生際が悪いね……!」 『咲耶様……お願いです……どうか、僕を殺してください……』 「羽衣……安心しろ、御主に最後の機会を与える。だが、それを逃せば御主は死ぬ。」 ……使うべきではない術。だが、使うなら今しかない……! 「ど、どういう意味……!?」 『はい……わかり、ました……』 羽衣の覚悟は聞き遂げた。我は槍を持つ手に力を込める。 「……怨念よ、最期に祈るのだな。羽衣と言う存在が、貴様を真の意味で解放する……」 「嘘……や、やめて……っ!」 槍を大きく振り上げ、そのまま胸目掛け、突き立てた。 生々しい音と溢れ出す鮮血。奴は一瞬驚愕の表情を見せた。 そして何も言う事無く、そのまま目を閉じた。 「……さぁ、後は御主の番だ、羽衣……」 奇跡が起こる事を信じて、我はその身を抱いた。 まだ体は温かい。だが、少しずつその温もりは消えていっている。 「頼むぞ……御主は、弱い存在ではなかろう……?」 燃え盛る業火の中、我はただ、羽衣を抱き、見守るだけだった…… ----- >「闇を超えた先にあるもの」 そこは真っ暗。僕の身体は存在しない。 僕の心の中。闇に支配された僕の心。 かろうじて意識があるのは、咲耶様が最後に支配された僕の身体を貫いてくれたから。 肉体が死んで、魂だけが生きている……時間は、ない。 「どうして……?」 ……寂しかったんだね。貴方は、ずっと一人ぼっちで。 「な、何を言ってるのよ……」 ごめんね、僕が気づいてあげられなくて……もっと僕が早く気づいてあげれば、こんな事には…… 「う、うるさいっ!あたしは貴方が望んだから生まれた!貴方が望んだから……貴方も同罪よ!!」 ……そうだね。僕は貴方の暴走を止める事が出来なかった。こうなってしまったのは僕のせいだよ。 「な、何を……」 目的は、僕の怨みを晴らす事。でも、度が過ぎてしまった……貴方は許される存在ではない。 そして、それを生み出してしまった僕にも……責任はある。だから…… 「う、嘘でしょ……!?だ、ダメっ!貴方が死んだら、あたしは……!」 ……そう言うと思った。貴方も結局、僕から生まれた存在で、僕に依存している。 「………」 もう、僕は望んでいない。僕は、そんな事をする貴方を望んでいない。 「嘘……そんなの、嘘!貴方は、まだあいつらを……!!」 そう思っているのは貴方だけだよ!ずっと一人で、勝手に……!! 確かにあの時の僕はそう望んだのかもしれない……だけど、今は違うっ!! 「うるさいうるさいうるさいっ!!貴方なんか……貴方なんか……っ!」 もう、強がる必要はないんだよ?貴方はもう、存在する必要はない…… 一人ぼっちで、寂しかったでしょう?大丈夫……今は、僕がいるから。 「何を言っているの?あたしは、とんでもない事をしてしまった。もう、止める事は出来ないの……」 ううん、出来るよ。貴方が背負った罪を、僕が一緒に償う。 貴方一人では難しくても、二人で一緒に…… 「そんな事出来るわけないじゃない……あたしは……怨念よ?」 出来るよ。だって…… 『貴方は僕で、僕は貴方なんだから。』 「行こう、一緒に。貴方は、一人じゃないから……」 「……後悔しても、知らないよ……?」 「しないよ。貴方だって僕なんだから……ね?」 「……うん……」 お互いに笑顔だった。一歩間違えれば、両方とも消滅するって言うのに…… でも、これでようやく…… ----- >「目覚め」 大火災は雪乃の能力ですぐに鎮火した。 幸いにも、村の被害は最小限に食い止める事が出来た。 「咲耶様、これは一体……!?」 「わわ……傷が治ってる……」 「……どうやら、決着はついたようだな。」 貫いた胸の傷は、恐ろしい速さで治っていく。 正直、我自身この術を使うのは抵抗があった。 対象の魔力に対する抵抗や、精神状態……様々な要因が絡んでくる。 今回は、本当に運がよかったと言うべきか…… 「う……うぅ……?」 「羽衣!目が覚めたか!」 「あ……咲耶様……」 羽衣の目が開いた時、その目は紫色に変化していた。 ……互いの意思が混ざり合ったか……? だが、髪の色は依然として白いままだった。 そして特徴的だった猫の耳は、普通の人間の耳になっていた。 「よかった……上手く行った様だな。」 「はい……あの子も、わかってくれました。」 「そうか……」 本当に、これで大丈夫なのだろうか……自信がない。 「体は大丈夫か?何か影響が無ければいいのだが……」 「えと……今の所は。」 「そうか……まぁ、今はゆっくり休むといい。」 「はい……」 とにかく、今は無事に戻ってきた事に感謝しよう。 今はゆっくり休ませるべきだ…… 「ああよかった……どうなるかと思いましたよ。」 「羽衣ちゃんがあんな事になるなんて思ってなかったよ〜……」 「ごめんなさい……こんな事になってしまって……」 「ううん、羽衣ちゃんは悪くないよ。」 「そうだ。この事件の根本にあるのは、村人の虐待にある。」 そう、根本的な問題……何故、羽衣が虐待を受けていたのか? 羽衣の過去に、一体何があったのか? 「……羽衣、休んでからで構わない。過去に何があったか、教えてくれるか?」 「はい……わかりました。」 「すまないな……」 話を聞くのはまた後にしておこう。 そして……その間に、我には会わなくてはいけない相手がいる。 「少々席を外す。雪乃と幽羅は、羽衣を見ていてくれないか?」 「どちらへ向かうんですか?」 「……羽衣の事を知る存在を忘れていないか?」 「……あ。」 ……やはり、奴も動いていたか。 これが原因で他所に影響が出る可能性もあったのを、事前に察知していたようだな…… 「どうやら、外部への影響を薄めるために結界を張っていたようだ。その礼も言わなくては。」 「わかりました。お気をつけて……」 「いってらっしゃ〜い!」 気配で大まかな位置はわかる。少し、話をしなくては。 恐らく、あやつが最も羽衣の事を知りうる存在…… ----- >「炎に包まれ」 「ここにいたか。」 「咲耶様……」 この村は比較的広い。 そんな村の全体に結界を張り巡らせていた猫神は、やはり上級神である。 今は人の姿になっているが、その表情には明らかに疲れが見えている。 「すまないな……わざわざこのような事を。」 「いえ、いいんです。今回の一件は、ある意味僕の責任でもありますから……」 猫の時とは違う、真面目な口調。 やはり、過去に何か関わっていたのか…… 「……普通、上級神であろう存在が一人の人間に介入する事はないと言うが……」 「ええ。ですが、彼女にとって、僕は唯一の……親友、でしたから。」 ……多くの接点を持っていた、か。 そうでなければ、ここまでする事も無かっただろう。 「では羽衣は元々人間だが、それを神族にするよう手引きしたのはもしや……」 「僕がやりました。尤も、その時が一番危険な状態でしたけどね……」 「……聞かせてもらえるか?その時の事を。」 「はい……」 「い、嫌……やめて……」 「お前が死ねば、この村は元に戻るんだ!お前を生贄にしてやる!!」 「ダメ……っ、あたしが死んだら、みんな……」 「うるさいっ!!ここで燃え死ね!!」 な、何と言う事だ……!まずい、このまま彼女を死なせると……!! 何か……何か手段は無いのか……何とかして、彼女のもう一方の面を封殺しなければ、 この村は……いや、それだけではない。他の街などにも影響されるかもしれない……! 考えている内にも、それは進行していく。何か……何か手は……っ!! 「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」 磔にされ、そこに火が放たれた。予想以上に火の回りが速い。 くっ……どうしてこう肝心な時に新月とは……!人の姿になれないのが致命的だった。 近づけない……!こうなったら、失敗は覚悟だ……!! 術式を展開していく。彼女を救う唯一の手立て……人間としては死ぬ事にはなるが…… この際止むを得ない。責めて魂だけでも救いたい……! 「……届けっ……!」 もはや彼女の体は崩れかかって、魂を捉える事は難しかった。だが…… 『……あ……』 「!!」 どうやら寸での所で間に合ったらしい。そのまま魂をこちらに引き寄せる。 まだ魔力に余裕はある。少しでも話が出来れば…… だが、その魂を引き寄せた時の気配で、時間がない事ははっきりした。 「……ここまではっきり見えるのか……!?」 『あ……れ……?』 「羽衣、少し辛いかも知れないけど……我慢して……!!」 術式の次の段階に移る。何とかして、もう一方を封印する。 予想以上の力の反発……だが、何とかそれを封じ込める。 この時点で相当な魔力を消費した。これ以上長くは、魂を固定できない…… 術式最終段階。用意した一時的な『器』に、彼女の魂を封じ込めた。 これ自体も長く持たない……急いで神界に向かって、何とかして精神体化しなければ…… 「待ってて……すぐに、助けるから……!!」 残っていた僅かな魔力で、門を開く。 頼む……責めて、神界に着くまでは……! 「お、珍しいな。こんな時間に帰って……ん?」 「う……ぐ……」 「おい?どうした!?しっかりしろ!!」 「お願い……この子を……助、け……」 「何がどうしたって、おい、しっかりしろ……って、これは……!?」 「どうかしまし……ああっ!?」 「急ぎ救護班を!霊管理能力の高い奴も呼んで来い!!」 「はいっ!」 「この馬鹿猫……無茶しやがって……」 「あの時は本当、どうなるかと思いましたよ。でもあのまま死なせるわけにはいかなかった……」 「それで己の魔力の限界まで……」 下手をすれば、己自身を崩壊させる程の行為だ。 そうしてでも、守りたかったのだな…… 「流石に、時間が経っていましたからね……恐らく、咲耶様に出会って、過去を知った事で、  封印の崩壊が更に加速したんだと思います。」 「後に封印は崩れるのは承知の上、か。」 「ええ……この術は上書きして効果を持続させる事が出来ませんから……」 最終的に、羽衣は……死ぬ運命にあった。 人間としても、神族としても……だが。 「だが今は違う。」 「ええ。これも咲耶様のおかげです……本当に、ありがとうございます。」 「気にするな……我自身も、あの術を使った時は無理かと思ったぞ。」 「自らの魔力を変換し一時的に肉体と魂を接続させ続ける術……まさか、使えるとは。」 余りにも無理がある術だ……本来関連性が無くなる物を強制的に関連付ける。 ……負担も恐ろしい物だ。 「……まぁ、いろいろあってな。さて、御主も羽衣の所に行くか?」 「そうですね……行きましょう。」 一路、羽衣が休んでいる場所へ向かう。 何とか、無事に済んだようだ…… ----- >「過去から繋がる未来」 「羽衣の様子はどうだ?」 「あ、咲耶様。今はゆっくり眠ってますよ。」 「そうか……では、目覚めてから話を聞くとしよう。」 ゆっくりと休んで、余裕が出来たら話を聞こう。 無理をさせる必要は何処にもない…… そして数時間後…… 羽衣が目覚め、体調を確認した後、話を聞く事になった。 羽衣の過去に一体何があったのか?それを知るために。 立ち会ったのは我らと猫神、そしてその当時の事を知っている村の人間。 「あの僕と一緒になった事で、記憶がはっきりしたんです。  まるで、あの子に記憶の一部が封印されていたような……」 「……恐らくは、僕があの時そのもう一方を封印した影響だと思う。  その方に、恐らく負の記憶が集約されていて思い出せなかったんだ。」 記憶ごと封印させていた……それだけに、何も分からなかったのだろう。 だが……もしもあのまま気づかぬままであれば…… 「はい……多分、そうだと思います。」 「……では、事の発端を聞かせてもらおう。羽衣の両親が亡くなったあたりから、だな。」 「はい……」 そして、羽衣は過去に起こった事をゆっくりと話し始めた…… 信じられなかった。あたしは一人ぼっちになっていた。 大切な人。それが、一度に。 泣いた。もうどれぐらい泣いたかわからないぐらい。 あたしの傍にずっといてくれた人が。 あたしは、これからどうすればいいの?ねぇ、どうすればいいの……? どうしてあたしがこんな目に遭ってるんだろう? あたしは何もしていないのに……お父さん、お母さん……ねぇ、どうして? 「けっ、餓鬼一人の為に何で俺がどうこうしてやんなきゃいけねぇんだよ?」 「仕方ねーっての。奴が死んじまったらどうなるかわからねぇ。今でもやばいってのに……」 「んだよ……んなもん殺しちまえばいいだけの話じゃねぇか。」 「だから死んだらダメなんだよ!死なない程度に痛めつけてやるんだ。いいな?」 「へいへい……」 また、外でそんな声が聞こえる。多分わざとだと思う。 またあたしに……あんな事を…… 「にゃ〜……」 「あ……来てくれたんだね……?」 傷のついた手を舐めてくれる。また、虐められて…… それでも、この子は何時もあたしの所に来てくれる。 「大丈夫だよ……あたしは……大丈夫だよ……」 ボロボロになった手で撫でてあげる。とっても気持ちよさそうな顔をしてる。 この子は幸せなんだ……なのに、あたしは…… 「貴方は……貴方だけでも、幸せに生きて……」 あたしの手は震えていた。泣いていた。 もう、あたしは……これ以上…… 「な、何するのっ!?」 腕をいきなり掴まれて、無理矢理引っ張られる。 「もうこれ以上お前を生かしちゃいられねぇ!!俺がこの手で殺してやる!!」 「や、やめてよっ!!」 反対の腕で、そいつの顔面を殴ってやった。 同時に掴まれていた腕が離れる。 そして大急ぎで逃げ出した。 「ぐあっ!?こ、こいつ……!?待ちやがれ!!」 「はぁっ……はぁっ……」 どれだけ走ったんだろう。気がつけば森の中。 真っ暗で……怖い…… 「見つけた!!今度は逃がさねぇっ!!」 「嘘……うっ!?」 その場に倒れる。腕に力が入らない。 後ろを見ると、他にもたくさん人がいた。 「い、嫌……やめて……」 「お前が死ねば、この村は元に戻るんだ!お前を生贄にしてやる!!」 「ダメ……っ、あたしが死んだら、みんな……」 「うるさいっ!!ここで燃え死ね!!」 いつの間にか、腕や足は縄で縛られていた。 そしてそのまま一本の木に……変な臭いがする……嘘、これって……油!? 「嘘……嫌だ……死にたくない……!!」 木は立てられた。下にいた人が、火をつけていた。あっという間に火はあたしの所まで。 「そんな……そんなっ……嫌ぁぁぁぁぁっ!!」 熱い、熱いよ……誰か…だれ、か…たす………け…… 「……そういう事か……」 その場に重い空気が漂っていた。 人間として死に、そして神族として生まれ変わった羽衣。 だが、その影響は予想以上だった……そして、今。 「封印が解き放たれた事により、この村で再び被害が起こった。そして、根本の原因は……」 「虐待……ですね。」 「羽衣ちゃん……」 「あの子は……とんでもない事をしてしまった。僕はあの子の罪を、一緒に償っていく……」 羽衣の瞳には、今までとは違う、力が宿っていた。 この重い空気さえも変えてしまいそうな、力強さ。 「過去を変える事は出来ない……なら、これから少しずつ、いい方向に変えていかなきゃ。」 「そうだ。羽衣、御主は一人ではない。我や、雪乃や、幽羅がいる。」 羽衣はもう、一人ではない。我々がいるのだ。 「みんなで一緒に頑張ろうよ!」 「ええ……羽衣様、貴方ならきっと出来ますよ。」 「ありがとうございます……!」 決着。 出会ってから殆ど時間は経っていなかったが……こんなにも早く。 だが、これで我が気になっていた事項の一つが消えた。 これから先、我らで羽衣を支えていく必要がある。 我らの為にも、そして何よりも、羽衣自身の為にも…… その後、村人達に事を一通り説明した我々は、帰還の準備をしていた。 事後処理は猫神がきっちり行うと言う事で、そのあたりは任せた。 そして…… 「御主達は、過去の過ちを反省し、それを未来に生かしてほしい。」 「はい……本当に、ありがとうございました!」 「咲耶様、後はお任せくださいですにゃ。」 「うむ。では、帰るとしようか。」 まだやらねばならぬ事は多く残っている。 我らの力で、それを解決しなくては。 次の依頼を受けるため、一路、我が家へと向かう…… ----- >「神楽火羽衣」 「ふぅ……流石に疲れたな。」 「咲耶様、大丈夫ですか?」 一つ溜息をついた所に、羽衣が尋ねてきた。 今回ばかりはかなり力を使った。疲れも溜まっている。 「大丈夫だ。羽衣は何ともないか?」 「今の所は大丈夫です。あの子は……多分、二度と出て来る事はないと思います。」 「そうか……」 とりあえず、無事に館に帰る事が出来た。 雪乃と幽羅は久しぶりに動いたせいか、少し支度するとすぐに眠ってしまった。 「咲耶様、あの……」 「ん、何だ?」 我の部屋に向かおうとした時、羽衣が呼び止めた。 「……ありがとうございました。咲耶様のおかげで、僕……」 「気にするな……我は我のすべき事をしたまでの事。」 「それでも……です。」 そう言った羽衣は笑顔だった。 「……羽衣。御主は、これから険しい道を行く事になるだろう。  だが、恐れるな。御主は……一人ではないのだからな。」 「はいっ!」 「ふふっ、良い返事だ。」 その笑顔に、思わず我も自然と笑みが出る。 今回の一件で、羽衣との距離が一気に短くなった。 新しい家族とでも言うべきだろうか。 「さて……我は眠る事にしよう。羽衣はまだ眠れないか?」 「いえ、僕ももうそろそろ寝ますね。」 僅かに笑顔を見せる羽衣。もう、大丈夫だろう…… 「そうか。では、お先に失礼しよう。」 「はい……おやすみなさい、咲耶様。」 「ああ、おやすみ。」 「……ふぅ。」 寝間着に着替えた我は、ふと自らの手を見る。 血は浄化した。だが……あの時間違いなく、そして躊躇いもなく羽衣の胸を貫いた。 確かに精神は別物であったが……肉体は同じのはずだ。 それなのに、我は…… 「咲耶、考えすぎは良くないって言ったでしょ?」 「……戸を叩くぐらいの事はして欲しかったんだが、エアリナ。」 「叩いたわよ。でも聞いてないんだから、貴方。」 「むぅ……」 尋ねてきたのはエアリナだった。珍しく気配を感じられなかった…… 「全く……貴方の悪い癖よ。」 「悪かったな。だがお前も知っているだろう?あの時の我を……」 「まぁね。でも、もう封印したじゃない、その能力は。」 そう、封印こそしている。そうでなければ今頃…… 「だが影響を全て打ち消しているわけではない。戦いに戸惑いが無いのはその証拠だ。」 「……咲耶。いい加減にしないと自分で自分の身を滅ぼすわよ?」 「エアリナ……」 ……気にしすぎているのか?我は、過去を…… 「大丈夫よ。変に過去に触れようとしなければ。いっその事断ち切りなさい?」 「……難しいからこうして考えているんだろうが。」 「ま、そう言うだろうとは思ってたけど。」 エアリナは相変わらずだ。 少し気が抜ける。 「でもまぁ……この状況じゃそう思うのも無理ないわね。」 「ああ……」 「まぁ、あれよ。一つおっきい問題を解決したんだし、それは喜ぶべきじゃない?」 ……確かに、その通りだ。 羽衣があのような形で己を受け入れる事が出来たと言うのは素直に喜ぶべきだ。 「……そうだな。ありがとう、少し楽になった。」 「ううん、いいの。それじゃあね。おやすみ、咲耶。」 そう言ってエアリナは部屋を出た。 「我もまだまだだな……」 もう少し、感情を持つべきかも知れない。 その当たりは、羽衣から学んだな…… 部屋の明かりを消し、月明かりだけが部屋を包む。 そして我はゆっくりと眠りについた。