>「日常の風景」 心地よい朝の光。 窓から見る空は青く透き通っている。 今日も天気はいい。何かをするには丁度いいだろう。 「ん……んん……」 一つ伸びをする。人の体を持ってそれなりの時間が経っている。 ある程度は慣れたが、未だに精霊としての感覚では理解出来ない部分もある。 まぁ、それで何かに影響したり、問題が起こったりはしていない。 「……さて、と。」 意識を変える。少し前に依頼された事がまだ終わっていない。 ……時間が掛かりすぎている。早急に決着をつけなくては。 「あ、咲耶様。」 何時もリビングで迎えてくれる雪乃。 弓の名手でもあり、何度も助けられた事もある。 「おはよう、雪乃。幽羅はどうした?」 「今日はお仕事があるとかで、早くに出かけましたよ?」 「ふむ、そうか。」 幽羅、とは私の古い友人……の、ような存在。 かなり無茶をしてここに来ているようだが、まぁ幽羅の事だ。 「咲耶様も今日は確か……」 「まだ決着が付いていないのでな、今日も長くなりそうだ。」 「そうですか……気をつけてくださいね。」 「……分かっているさ。」 今日も恐らくは忙しくなるだろう。 そんな日々が長く続いているが、もうそれが日常となっていた。 雪乃から手渡された一通りの薬を持ち、今日もその場所に向かう。 「行ってらっしゃいませ!」 「行ってくる。」 たまには休みたい気もするが、まずは依頼だ。 確実にこなさなくては……後で何が起こるか分からない。 ----- >「戦いの日々」 エリアス近郊の草原、一般人も通る道に多くの危険が迫っていた。 魔物や凶暴化した動物達が人を襲うようになっていたのだ。 ……依頼自体は単純だが、少し時間が掛かりすぎている。 数日前から数を減らす努力をしていたのだが、一向に数は減らない。 どうも根源があるようだったが、まだ分からないままだった。 しかし前日の調査でその凶暴化の原因になっているのではないかと言う何かが見つけられた。 状況が状況だけに、それが何かまでは把握出来なかったようだが…… 「さて……この近くのはずだが。」 気配からして普通ではない。精神に直接影響するような、そんな気配。 この気配に当てられて、動物達が凶暴化したのだろうか……? 「……やれやれ、また面倒な事になりそうだな……」 既に分かっていたのだが、囲まれているようだ。 まぁ、我の相手ではないのだが……この際仕方あるまい。 「さぁ来い!一匹残らずこの手で葬ってくれる!!」 我の声と同時に、動物達の咆哮が響く。 一斉に襲い掛かってくるそれを、何事もなかったかのように切り裂いていく…… 「……全く、手間が掛かる……」 血で染まっている手。無残に転がる死体。 ……一瞬、我が我で無くなる様な感覚。 確かなのは、我自身が戦いを楽しんでいる事。 「さて……まだ決着が付いたわけではないな。」 だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。 原因となる何かの気配は、確実に近づいている。 何かの生物のようだが……ただの生物ではないか。 「……お前が根源だな?」 その姿は異形。悪魔のような姿。例えようもない、奇妙な存在。 「グゥゥ……マサカ貴様ノヨウナ存在が居タトハナ……」 「ふん、甘かったな。わざわざ我の前に現れたのなら、それ相応の覚悟はあるのだろうな?」 「……フン、笑ワセテクレル……貴様モ、コイツラト同ジ運命ニシテクレル!!」 「……来い。貴様に我が倒せるのなら!!」 交差する互いの拳。限界直前で攻撃を避け、血で染まった赤い爪をそれの胸に突き刺す。 「ウグッ!?」 「……ここで果てろ。」 そのまま体を引き裂いていく。 噴出す血、生々しい光景がそこにはあった。 「ようやく、か……」 これが今回の事の原因だろう。気配が急激に弱まった。 だが、何故このような存在がここに?何か、この先になければいいのだが…… 「……戻るか……」 ……今は、深く考えないでおこう。 術で血を浄化し、その場を去った。もうここに居る必要はない。 ----- >「休息」 「……まさか、な……」 帰路。あの異形の者について、改めて考える。 ……遥か過去の記憶。忌々しい記憶の中に、あれに似た存在があった。 いや、だがそれはありえない。そもそもその存在自体が葬られたはず。 ……では、あれは一体何だというのだ……? 「あ、おかえりなさい!」 玄関に入ると、すぐに雪乃が迎えてくれた。 「ただいま。ようやく決着が付いたよ。」 「それはよかった……随分と長引いていたみたいなので、どうなるかと思っていました……」 雪乃が安心した表情を見せる。確かに今回は事が長引いていた。 何度か共に戦いに行った時もあった。 「心配させてしまったようだな。すまない。」 「いえ、大丈夫です。それよりも……」 「咲耶ちゃ〜ん!大丈夫だった?」 後ろから急に幽羅が現れた。 我が出ている間に帰ってきていたのだろうか。 「ああ、なんとかな。それよりも幽羅、何時帰ってきた?」 「んーと、一時間ぐらい前。」 「……そうか。まぁいい……少し休んでから食事にする。」 「あ、はい。」 「はぁ〜い。」 少し足元がふら付く。大分消耗してしまったようだ。 無理もない、あんなものを相手するとは、正直予想外だった。 まぁ……今の我がもうこれ以上考える事はないだろう。 今はゆっくりと休むべきだ…… ----- >「風」 夜。寝間着に着替え、ベッドの上で本を読んでいた時。 ふと、扉を叩く音が聞こえた。 「……幽羅か?いいぞ。」 気配で誰かは判る。 普段の幽羅なら、この時間帯にはもう寝ているはずだったが…… 「……ごめんね、こんな時間に。」 「珍しいな、どうした?」 「うん、他の子たちに、今日咲耶ちゃんが相手した奴の事、聞いたんだ。」 「……そうか。」 ……幽羅も気にしていたのか。余り関わって欲しくは無いのだが…… 「どうしても気になってるんだ。ある子が、あの時の奴と同じだって……」 「幽羅。」 途中で言葉を止めさせた。 ……あの時の記憶は、我とて思い出したくないのだ。 半ば記憶を封じている程……もう繰り返してはならないのに…… 「……これ以上言うな。それに、神王殿はそれを察して我をここに送り込んだのだろう。」 「そうだろうけど……咲耶ちゃん、大丈夫なの?」 「我がこの程度で倒れるとでも思っているのか?」 「ううん、そうじゃないよ。だけど、心配なんだよ……」 普段あまり見せる事の無い、幽羅の辛そうな表情。 ……かなり、心配しているのだな。 「……幽羅、お前が気にする事ではない。我に任せておけ。」 「……うん。」 幽羅はまだ若い。そして、知識でしかあの時の事を知らない。 ……幽羅には、あのような思いはさせたくない…… 「お前らしくないぞ、幽羅。何時ものお前は何処へ行った?」 「……ごめんね。でも、やっぱり不安なんだ。」 「……我も同じだ。だが、何れ確実になった時には神王殿も動いてくれる。今はまだ大丈夫だ。」 「うん、そうだよね……ありがとう。ちょっと楽になった。」 幽羅に笑顔が戻る。幽羅に辛い表情は似合わない。 「ふふっ、それならいいが。しかしそうだな……明日は一日何もない。久々に出かけるか?」 「え?ほんとに?」 「ああ。のんびりするのも悪くなかろう。」 「やったぁ〜!えへへ……」 やはり幽羅はこうでなくては。 何時も明るい、彼女らしい、ある意味では見習わなくてはならない部分。 時々度が過ぎる事もあるが……まぁ、それはそれでよしとしよう。 「今日はもう遅い。早く寝ておけ?」 「うん、わかった。それじゃあおやすみ、咲耶ちゃん。」 「おやすみ。」 静かに部屋を出る幽羅。 その小さな背を見送り、部屋の明かりを消した。 ……今はまだ、この件に対して深く考える必要はないだろう。 ……もう寝よう。明日は久しぶりの休暇だ。 三人で久しぶりに出かける。こういうのも、悪くない。